住民主体の草の根交流

83年に初の国際理解講師を迎え、藤沢の国際交流活動はスタートした。
同年、国際親善協会(=現国際交流協会)が設立され、住民レベルでの草の根交流が始まった。
夫婦や家族で訪れた国際理解講師は、学校教育や英会話教室などで活躍したほか、地域の行事にも積極的に参加して、多くの住民と交流を深めた。

中高生のホームステイ短期留学事業は90年にスタート。
これまで延べ211人の中高生が海を越え、国境を越えて、異文化や大陸の生活を体験してきた。

こうした草の根交流が実を結び93年、オーストラリア・デュアリンガ町(=現セントラルハイランズ市)と国際友好親善の町を提携。
97年に国際交流協会に改名、98年には国際友好親善の町5周年を記念して同町に「日本庭園」や「セミナーハウス」など交流のシンボルを建設、両町・両国間の絆はさらに深まった。

短期留学の受け入れ先であるトゥーンバ市のセントメアリー高(男子)とセントウルスラ高(女子)とは友好協定を締結。中高生の相互派遣を続けてきた。

一方、96年からは、アジアにも目を向け、ベトナム学生を招いての日越教育交流事業もスタート。
これまで約100人のベトナム学生を受け入れ、両国の交流の懸け橋にもなっている。
09年には、ホーチミン市に在ベトナム藤沢会が結成。そのほかフィジーから陶芸研修生を受け入れて、藤沢野焼祭への参加を通して世界に情報発信するなど、幅広い交流が展開されてきた。

99年の国際交流基金地域振興賞、2000年の自治大臣表彰は、こうした国際交流協会、地域、住民、行政が一体となった地域ぐるみでの交流が高い評価を受けたものだ。

2011年には合併で一関市となり、セントラルハイランズ市と国際姉妹都市を提携した。

藤沢を訪れる多くの外国人が藤沢ファンになる。訪れる人の心を動かす魅力は、言い換えれば地域の誇り。
この時、忘れてならないのは、地域も、国際交流も、イベントも、みんなここに住む人たちがつくっていること。
実はそんな住民こそ他に誇れる一番の自慢であり、藤沢の「宝」。
なぜなら、まちづくりの主役は住民なのだから。

一人でも多くの子供たちに世界を経験してほしい
藤沢町国際交流協会長 髙橋義太郎さん

赤道の先、南半球にあるオーストラリアは日本の約20倍の面積を誇り、雄大で美しい自然にあふれています。

83年に前身の藤沢町国際親善協会が設立され、藤沢の国際交流活動がスタートしました。
30年間に招へいした国際理解講師は16代32人。中高生ホームステイ短期留学事業や町民の翼海外研修事業などで渡豪した人は約300人。
数え切れない思い出と語り尽くせない感動は、生涯の宝物になっています。

一方、ベトナムとの交流も活発で、これまで約100人の学生が訪れ、日本を学び、多くの町民と友情を深めています。

藤沢の国際交流の特徴は行政と住民が一体となって繰り広げる草の根交流です。
藤沢には人を温かく迎える「土壌」と、互いを認め合い、受け入れ合う「愛情」があります。
人と人とがつながって、心と心が結ばれて、交流の輪は大きく広がりました。
「友情」はやがて「信頼」へと変わり、ついには「絆」へと進化して国際姉妹都市を提携するまでになったのです。

30年の節目に当たり、忘れてならないのは、95年から01年まで会長を務めた橋本輝雄氏(故人)の国際交流に対する熱い思いです。
橋本氏は、他に先駆けて青少年の海外派遣構想を提唱し、自らの浄財で中高生をオーストラリアに派遣したり、ベトナムから学生たちを招いたりしました。
あの実行力は、誰もまねできるものではなく、あらためて氏の功績に敬意と感謝の誠を捧げます。

赤道を越えた友情の絆は深まる一方です。引き続き、一人でも多くの子供たちに渡豪してほしいです。
ボーダーレスな時代、貴重な体験は、きっと人生の糧となり、生きる力を育んでくれることでしょう。

国同士で相互に助け合える最高のパートナーに
藤沢町国際交流協会会員 千葉登美夫さん

食文化、感性、生活様式、さらには考え方など、あらゆる角度から比較した時、世界で日本人と一番近いのはベトナム人だと言えます。

96年に初めてベトナムから学生を受け入れました。
彼らは頭脳明晰、豊かな感性、まじめでやさしい人柄など、日本人によく似ています。
「ホームステイだけの交流ではもったいない」と強く感じました。

同じころ、在ベトナム藤沢会のチャン・チュン・ユン会長も「もっと深い交流を」と考えていました。
私たちは意気投合し、両国をつなぐパイプ役になる会社「ツインドラゴンズジャパン」を立ち上げました。

日越教育交流事業で藤沢を訪れた学生の多くが卒業後、日本への就職を希望しています。
しかし、日本は永住や就労のビザ申請が厳しく、外国人の定住が困難です。
一方、日本から海外への移住は比較的簡単で日本人の海外流出は止まりません。

藤沢町は過疎化と少子高齢化が進んでいます。人口が減少すれば、商売は成り立たなくなります。
若い人がいなければ、高齢者を支えることはできなくなります。地域が活性するためには人口増加は必須です。

以前、介護の施設や現場を体験した学生が、「日本で福祉の担い手になりたい」と話していました。
介護以外の仕事についても「日本で学びたい」と言う学生は少なくありません。
将来、深刻な労働力不足が予測される日本で学生たちが働くことができれば、それは貴重な労働力になります。
彼らの夢もかないます。定住し、交流が深まれば結婚にもつながります。

両国の国旗は「太陽と星」。
互いに存在感を発揮しながら、支えたり、補ったりし合える最高のパートナーになれる日を楽しみに、引き続き交流を深めます。

日越教育交流事業で5人のベトナム学生が訪問

勝部市長を訪問した学生たち。

「第18回日越教育交流事業」は11月15日から25日まで行われ、ホーチミン貿易大学の女子学生5人と引率2人の7人が来日しました。

訪れた学生は、グエン・チィ・グォク・チャウさん、グエン・ツィー・チャンさん、コーン・ブー・ホーン・ゴックさん、ブー・ティー・タン・ヴァンさん、クーン・ティー・ツィー・リンさん。
引率は、在ベトナム藤沢会チャン・チュン・ユン会長と貿易大学日本語学科長のグエン・ティ・ニュー・イーさん。
一行は藤沢町内にホームステイしながら企業や学校を訪問したり、藤沢町国際交流協会30周年記念式典に出席したりして、市民と交流を深めました。
学生たちは「あいさつ文化を感じます」「優しくて親切なところは日本とベトナムの共通点」「最も魅力を感じるのは着物です」などと話していました。
 

 

 

 広報いちのせき「I-Style」 平成26年1月15日号