東日本大震災~発災から10カ月の記録~

東日本大震災~発災から10カ月の記録~
東日本大震災における当市の対応状況、沿岸被災地などへの支援の状況をまとめた資料を改訂しました。

 東日本大震災~発災から半年の記録~

東日本大震災 発災から半年の記録 
東日本大震災における当市の対応状況、沿岸被災地などへの支援の状況をまとめた資料を改訂しました。

市民の皆様、沿岸の皆様へ:平成23年7月28日(木曜日)

市民のみなさまへ

みなさんこんにちは、一関市長の勝部修です。
東日本大震災から4か月が過ぎました。
市民の皆様には、市の復旧施策、災害対応にご理解とご協力をいただき、心から感謝申し上げます。

これまで家屋被害について、約5,500棟の被害調査の申請があり、東京都豊島区、兵庫県赤穂市、和歌山県田辺市などから応援をいただきながら調査を実施し、現在の調査率は91%となっております。特に、豊島区からは延べ80名の職員の応援をいただきました。
また、義援金につきましては、支援をしていただいた皆様の「早期支援を」との思いを尊重し、寄せられた義援金の約80%相当額を今月中には配分することとしております。
さらに、宅地や私道についての復旧工事に対する支援制度がなく、台風などによる二次災害の発生が懸念されていたため、市独自に補助制度を創設しました。

現在、市民の皆さんの大きな関心は、放射性物質による健康や環境への影響ではないかと思います。
基本的には国の責任において、国民の安全で安心な生活の確保、農畜産物の安全性と産地としての信頼性の確保や風評被害防止のため、よりきめ細かな調査等の実施、速やかな農畜産物被害対策を講じていただくことが必要と考えております。
このような中、当市では、市民の安全・安心を第一に考え、放射線量の測定を独自に行い、ホームページ、市広報で情報を公表しております。
さらに、国に対して、責任をもって一刻も早い事態の収束に全力で取り組むことをはじめ、国による詳細調査の実施と適切な評価・公表を実施していただくこと等について要望をしているところであります。

後方支援について

次に、津波被災地の後方支援についてであります。
私は、後方支援には4つの段階があると考えており、これまで、その段階ごとに最適なものは何か、必要とされているのは何かを考え、対応をして参りました。

第一段階としては、震災直後に「避難・救助・捜索」等の支援、第二段階は、避難所生活の支援であり、救援物資の搬送、医療支援、避難所の提供等を行って参りました。
第三段階は、避難者が自立に向けての第一歩として、自らの「かまど」を持つことであろうと考えております。そのためには、仮設住宅を早急に完成させることが大切です。先日、気仙沼市の仮設住宅の建設場所として以前から打診していた旧折壁小学校及び旧千厩中学校跡地を提供することとし、約310戸の建設が決定しました。
そして、最後の第四段階は、まさに「復興」であります。

当市が後方支援している陸前高田市及び気仙沼市とも「海」からもたらされる恵みにより、栄えてきた市であります。
当市も経済的な繋がりから、その恵みにより支えられている一面もあります。
復興の主役は、陸前高田市、気仙沼市の市民であり、「自分が住んでいた町を自分たちで復興させたい。」という気概が大切だと考えており、一関市は、可能な限りの協力を惜しまない覚悟であります。
現在、再興を目指す両市の企業が、一関市内で事業再開の準備をしており、市ではその支援を行っております。
当市で再興の足がかりをつけて、いずれは地元に戻って操業ができるよう願っており、それが「復興」と考えております。
私は、陸前高田市、気仙沼市の両市が一日も早い復興が叶えられるよう、今後とも「後方支援」をして参りたいと思います。

平成23年7月28日
一関市長 勝部 修

東日本大震災~発災から80日の記録~

発災から80日の記録表紙
東日本大震災における当市の対応状況、沿岸被災地などへの支援の状況をまとめた資料を作成しました。

市民の皆様へ:平成23年4月11日(月曜日)

みなさんこんにちは、一関市長の勝部修です。
東日本大震災から、今日でちょうど1か月を迎えました。
まず、この間の不便な環境の中で市民の皆様が状況をよくご理解いただいて冷静に行動していただきましたことに感謝申し上げます。
時間の経過とともに、沿岸の被害の大きさと、その無残さに本当に身のすくむ思いであり、津波に飲み込まれた惨状をみるとき、こころが痛んでなりません。
また、福島第一原発の事故も、私たち日本人の生活についても少なからずの影響を与えるものと思います。

市民の皆様には、余震が収まりつつあった矢先の4月7日に震度6弱の地震が襲いかかり、再び恐怖を覚えた方も多かったのではないでしょうか。
 
さて、一関市は、相次いだ2度の地震により、家屋をはじめ、農業、工業、商業、そして、多くの社会資本においても多大な被害を被っていることが、調査が進むにつれて判明してきております。
しかし、私たちは、いつまでもこの悲しみを憂いてはいられません。
市としましては、市民の皆様と一体となり、一日も早く以前の生活にもどれるように取り組んでいかなければなりません。
そのため、市としてできる限りの支援をしてまいりますので、市民の皆様においても希望をもって復興に努力をしていきましょう。

また、私たちの一関に隣接する陸前高田市と気仙沼市が大津波により多くの尊い命が奪われ、住み慣れた町も全て押し流されました。
市としましては、古くから交流の歴史があり最も近隣の町の復興を支援していかなければならないと考え、平泉町、藤沢町と連携してできる限りの後方支援を行ってまいりました。
市民の皆様が、自らが被害者でありながらも数多くの救援や惜しみない協力をされている姿を見るとき、市長として皆様に心から感謝申し上げる次第であります。
 
ちょうど1か月経過の日に、「がんばろう一関」、「がんばろう気仙」を合言葉に、この地域の完全復興を目指して前進していくことをみんなで誓いあいましょう。

平成23年4月11日(東日本大震災から1カ月の日)
一関市長勝部修

4月7日発生の余震について

平成23年4月7日、23時32分ごろ、宮城県沖を震源としたマグニチュード7.1の地震が発生しました。
一関市では震度6弱を観測しました。

平成23年3月11日、14時46分ごろ、三陸沖を震源としたマグニチュード9.0の大きな地震が発生しました。
一関市では、同日15時に災害対策本部を設置し、対応にあたっています。

市民の皆様へ:平成23年4月4日(月曜日)

東日本大震災の発生から3週間が経過しました。

まず、この度の震災によりお亡くなりになられた多数の方々のご冥福をお祈り申し上げます。
そして今なお行方不明となっている方々が一日も早くご家族のもとへお帰りになられるよう願っております。

震災発生直後から市民の皆様には、停電、断水、燃料類の供給不足などで大変ご迷惑をおかけいたしました。
節電、節約の呼びかけに対して、皆様に進んで燃料類節約の取り組みを実践いただきましたことにより、ガソリン類をはじめとする供給も安定してきております。

しかしながら、今後、被災地の復旧等にはかなりの燃料類が使用される見込みであり、また、福島原発の事故による電力供給不足など懸念要因は増大しております。
皆様にはどうか今後とも日常生活の中における節約、節電を心がけていただきますようよろしくお願い申し上げます。

さて、沿岸地域の被災地においては、この未曽有の自然災害に対して津波発生直後から、自衛隊、消防、警察などによる懸命な捜索、救出活動が行われてきました。
そして今なお、避難された方々は避難所の不便な環境での生活を続けております。
当市としても陸前高田、気仙沼両市の避難所に避難している方々の健康をどうやって守るかという短期的視点で医療活動など様々な緊急支援を行ってきました。

現在はこの避難所生活をしている方々に仮設住宅やアパートに移っていただき、それぞれが自立した(プライバシーの守られた)生活を送れるような支援、即ち中期的な視点での支援をすべき時期にあります。
当市もこれまで、雇用促進住宅への入居募集や仮設住宅用地の提案など、気仙沼市長と協議しながら避難者の自立支援の取り組みをしてきました。
(※仮設住宅については、気仙沼市が市民の希望を踏まえて計画し、宮城県に申請。これを受け、宮城県が決定する仕組みになっています。陸前高田市では仮設住宅は「市内」を前提として計画しています。)

そして長期的には、やはり「復興」ということが最終的な目標となり、それぞれの被災自治体が自ら取り組むものであると思います。
一関市は、平泉町、藤沢町と一緒になって陸前高田市、気仙沼市の復興に向けた取り組みを支援していきたいと考えております。
特に、陸前高田市では多くの市役所職員が津波の犠牲となり、このままでは復興に向けて行政機能が十分に発揮できないおそれがあります。
このため私は戸羽市長さんと話し合いを重ね、復興に向けた体制づくりのために一関市職員の派遣をはじめ可能な限りの支援体制を整えていきたいと思います。
市民の皆様のご理解とご協力を心からお願い致します。

平成23年4月4日
一関市長勝部修