9月26日、藤沢支所にて9月26日辞令交付の様子

平成23年9月26日 藤沢支所開所式・辞令交付式 市長訓示

 

ただ今辞令を交付させて頂きました。
新しい一関としての仕事がただ今から始まります。
私たち行政の仕事というのはサービス業であるということを改めて自覚をしたいと思います。
そして住民サービスの一層の向上のために、共に協力し合いながら全力で取り組んでいただきたいと思います。
これまで私が職員に対して機会あるごとに話してきたことを改めてお話したいと思います。
 
一つ目は「住民起点で仕事をしましょう」ということです。
視点でなく起点で取り組んでいきましょうということです。
視点というのは向こう側に行ったつもりで仕事をすることです。
起点というのは実際に向こうに行って仕事をすることです。
まさに現場主義のことであります。
そういう現場主義を貫いていきたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

二つ目は「スピード感を持って仕事をしましょう」ということです。
物事を先送りすることなく、しっかりと段取りをつけて期限を決めて仕事に取り組むということが何よりも重要であると思います。
スピード感を持って仕事に取り組んでいくということでお願いしたいと思います。
私自身の行動基準も「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」。
とにかくまず着手するということが何よりも大事であります。
 

三つ目は「製造年月日は気にするより賞味期限を気にしていただきたい」と思います。
行政の仕事には製造年月日はあまり意識する必要はありません。
それ以上に賞味期限を強く意識を持って取り組んでいただきたいと思います。
 

四つ目は「棚卸をしていただきたい」と思います。
毎日、毎週、毎月、自分の担当業務について自分自身で棚卸をして業務管理をしていただきたいと思います。


五つ目はカスタマーディライトという言葉があります。
「住民満足度の一歩先を目標にしていく」ということであります。
住民の不満を解消する、満足させるというレベルの仕事では私は不十分だと思います。
単に住民の不安を解消するだけのところに目標を置いて仕事をしてはいけません。
やはりその一歩先、そこを目指すべきであります。
なかなか難しいことではございますが、目標はそこに置いて取り組んでいただきたいと思います。
行政はそこまでやってくれるのか、そういうふうに市民に期待を持っていただく、あるいは感動すらおぼえていただく、そのレベルまで目標を上げて一緒に取り組んでいきたいと思います。


これらにしっかり取り組むことによって、行政サービスの水準は必ず向上します。
ぜひ一関市の行政サービスが全体として今以上に良いものになるように、ともに取り組んでいただきたいと思います。
特に幹部職員のみなさんには先頭に立って汗をかいていただきたいと思います。
それから部下職員が斬新なアイデアを出せるような、そういう職場の雰囲気づくりにも努めていただきたいと思います。

住民の方々は合併直後は何かと戸惑いやら不安を抱えてのスタートとなると思いますが、そういう住民の方々の戸惑い、不安というものを一日も早く解消していけるように一緒になって取り組んでいただきたいと思います。
今後とも皆さんの協力をお願いしたします。
以上、辞令交付にあたっての訓示とさせていただきます。

 

(市長発言原文)

 平成23年7月23日 「中学生最先端科学技術体験研修結団式」での参加中学生へ激励の言葉

 

この事業は、私が市長になって一番やりたかった事業です。
早く中学生の皆さんを筑波の学園都市にお連れしたかった。

世界最先端の研究がされています。
たくさんの研究所、日本の中でレベルの高い研究施設が集まっている。
それが筑波研究学園都市。

県庁で科学技術の仕事をしていましたが、50回以上は行っています。
何とかそこに実際に自分の目で世界最先端の研究施設を見ていただいて、直接意見交換ができる機会を作りたいと思っていました。
ようやく実現するということでうれしく思っています。

国際リニアコライダーという世界に一つだけの実験研究施設をどこに作るかということが話題になっています。
今はヨーロッパにあるが、もう一つ直線の研究施設を作るという計画で、それをヨーロッパに作るのか、アメリカに作るのか、アジアに作るのかということが話題になっています。
アジアの場合は日本に作ることで合意しています。
アジアの拠点として日本に研究施設を作ろうとなっています。
日本に作る場合は候補が2カ所です。
ひとつは九州の背振山脈、もう一つは一関と奥州市にまたがる北上高地の南側に人首岩帯と千厩岩帯の大きな花崗岩の岩盤が広がっていて、そこに実験施設を作ろうというプロジェクトが進んでいます。
数日前の新聞に与謝野大臣が岩手を応援すると話しました。
年内にはどこに建設するか場所を決めることになっています。
これが一関に決まれば一関、奥州は国際研究都市に生まれ変わります。
海外から千五百人という研究者が一関に住む。
町の様子が一変します。
そういうプロジェクトがそこまで来ているというこの時期に皆さんを筑波に送り出すということができてうれしく思います。
私もこのプロジェクトには平成4年から携わってきました。
一つのプロジェクトが出来上がるのに20年はかかるということです。

今回の研修で本物に触れてきてほしいというのが私の切なる願いです。
健康面に注意して有意義に学んできてほしい。
分からないことはどんどん質問してください。
有意義な3日間になるように元気で行ってきてください。

※中学生最先端科学体験研修
平成23年8月8日から10日まで市内中学生60人がつくばエキスポセンター、JAXA、KEKなど最先端の科学技術研修所に研修を行う事業。

 平成23年7月15日 平成23年度 第3回長坂地区高齢者教室「市長講話」                                                            

 

みなさんこんにちは、一関市長の勝部修でございます。 

 

去年は、いろいろなところから呼んでいただいて30回くらい講演をしました。

ふつうだと何の話をするか考えて講演会場に来るものですが、私の場合、前の日にならないと準備しないんですね。

これは長坂小学校時代からの癖でございまして、前日の一夜漬けというのが得意でございました。

夏休みにも毎日遊んでばかりで、母親に怒られながら一ヶ月分の絵日記を全部一晩で書いてしまったりしました。

そういう離れ技をやった経験があります。(笑い)

 

人間というのは団体とか組織で何かをやろうというときは、「いつから始めよう」というのは決めます。

でも「いつまでにやり遂げましょう」というのは決めない。

そういう傾向があります。

会議もそうです。

「さあそれでは来週からやりましょう」 ところが、「いつまでにそれを終わらせましょう」というのが弱いのです。

ところが個人で何かをやるときは、その逆なのです。

いつから「それを始めましょう」という意識は弱いです。

だから、夏休みに入っても、「宿題をいつからやるんだ」と言うことをあまり気にしていない。

「いつまでにやろう」という意識だけはあるけれども、なかなか手がつけられない。

個人でやる時というのは、そういう傾向がありますよね。

団体とか組織とかグループで、「いつからやろう」、「いつまでにやろう」というのを「段取り」と言います。

日本人の弱いところがこの「段取り」です。

「段取り」は全てに当てはまります。

「段取り」さえうまくつけておけば、うまくいくものがいっぱいあります。

しかし、世の中には段取りをしっかりしておいても、うまくいかないものがあります。

それは、今回のような大災害です。

「段取りのつけようがなかった」そういっていいと思います。

そこで、今日のテーマは、「東日本大震災から4ヶ月経過して」にさせていただきます。

今日は東日本大震災の話だけでなく、「地域づくり」に向けた話にもっていこうと思っています。

最後の方では、地域づくりのために地域の一人一人が、「どんなところに意識を持って取り組んでいったらいいのか」という話をさせていただきたいと思います。

1 一関地域の被害状況

●3年前の岩手・宮城内陸地震の4倍の被害額

今年は、岩手宮城内陸地震から3年になります。先日、厳美町市野々原の災害復旧事業が終わったので、被災した場所に地元の小学生たちと一緒に植樹をしました。

また「地震のエネルギーを学習してもらおう」ということで、地震で落ちた「祭畤大橋」には、見学コースとして散策路を作りました。

あの時は、道路が寸断されたり、山の斜面が大きく崩れたりしましたが、住宅の被害が少なかった。

山間部だからそういうことがいえるのかもしれませんが、私も、あらためて行って見て判ったのですが、1軒1軒の家の柱が太いんですよ。

祭畤地区は、雪が多いところで冬期間2メートル近く雪が積もる豪雪地帯です。

その雪に耐えるような柱や家の構造になっています。

そのことが住宅の崩壊が少なかった理由だろうと思います。

それにしても、今度の地震被害は、3年前の地震と比べて4倍以上の被害額になっています。

今回の震災の場合は、津波が目立ってしまって、なかなか一関の家屋被害や宅地被害が取り上げられません。

規模にしてみれば、津波被害と比較すると、本当に小さい規模かもわかりません。

ただ、被災者一人一人で見れば  津波の被災者も一関の地震で被害を受けた被災者も、被災者としては全く同じです。

ですから、この1週間東京に足を運んで、「津波の陰に隠れてしまっているけれども、内陸の地震被害も大変だから、しっかりとした救済策を取ってほしい」とお願いしました。

5回行きました。

タイミング良くいろんな大臣さんとお会いできました。

有名になった「松本復興大臣」とも2度ほどお会いしてきました。

松岡厚労大臣、片岡総務大臣、大畑国土交通大臣。

そういう方々と何度もお会いして、「内陸の地震被害も大変な状態ですから、しっかり対策をお願いします」と、話して来ました。

今、良い方向に動いています。

 

●停電、断水、燃料不足(ライフラインに打撃)

一関の被害の特色は、ライフライン関係が一気に駄目になってしまったことです。

「電気がだめ」、「水道がだめ」、「燃料がだめ」これが一気に来ましたので、回復も遅かった。

水道にしろ燃料にしろ、ベースになるのは電気です。

まず、電気が復旧しないとだめなんですね。

岩手に供給されている電力は、青森県の八戸、秋田県の能代、それから秋田市、この3カ所の火力発電所からの電気です。

岩手県には、火力発電所もないし原発もありません。

小さな電力発電所はありますけれども、電力は県外から99%の供給を受けています。

今回の地震で、先ほどの3カ所の火力発発電所がダウンしました。

1カ所でも残っていればもう少し早く回復したのでしょうけれども、3カ所ともだめになってしまったので、岩手県の電力はどこからも来なくなってしまいました。

新潟、山形、宮城県から岩手へ来る南のルートもあるのですが、宮城県があのような状況になり寸断されてしまいました。

復旧していくときには、秋田県の方から岩手県の雫石の変電所に電気が来るのだそうです。

雫石の変電所で、岩手県内の変電所に電気を配ります。

ですから、雫石から盛岡、花巻、北上、水沢と順次復旧作業が行われます。

一関は一番最後です。

一関は、花巻に電気がついて3日後にようやく来ました。

●家屋、宅地、農用地の被害

宅地被害は西が多かったです。

特に、花泉と赤荻が被害を受けました。

花泉の被害は、亜炭を掘った坑道跡が地震で揺すられて陥没しました。

危険で住める状態ではない住宅は、すぐ解体しなければなりません。

解体すれば「がれき」を処分しなければなりません。

けれども、被災された方に解体やがれき処理まで負担させるには、あまりにもつらいものですから、「津波被害のがれき処理は、国や県で全部負担するのに、なぜそれと一緒にできないのか?」と国に要望いたしました。

それで、「個人負担はなし」になりました。

最終的に、国が出すことになりました。

「個人住宅がそうなら、事業者の方の工場とか事務所とか、そういうものも被害を受けたので、それも一緒にやってくれませんか。津波の被害地は、個人の住宅も会社も工場も国が一緒に面倒を見てくれる。それと一緒にしてください」という要望をしました。

これも、まだ決まっていませんが、ものになりそうです。

国では、「企業もいいけれども、大企業は自分でやれるだろうから、中小企業にだけにする」といってきたんです。

「そんなことを言わないで、全部面倒みてください」とお願いをしているところです。

地震で被害にあった市内の道路などは、災害査定が今盛んとされており、これから復旧工事が本格的に始まります。

東山から一関に行くときに、相川地区の道路に段差があって大変ですが、査定が終わるまでは、手をつけられないです。

今は、応急で細い砕石を敷いてますけれども、いよいよこれから、本格的な復旧工事に入ります。

橋の付け根が弱いというのは、この地震で初めてわかったんですね。

橋の両側の段差はどこに行っても大きいのですが、盛り土しているからです。

盛り土の部分はほんとに弱いですね。

道路を走っていても「あ、ここの部分は盛り土した」というのがはっきりわかるんですよ。

切ったと所と盛った所では、亀裂の入り方が全然違います。

一関市内の被災現場の復旧が本格化してきましたが、小学校、中学校など教育関係施設が多く被害を受けました。

子どもたちが存分に校庭を走り回ったりできない箇所があったりして、本当に心が痛いところですので、急いで工事をやって、地震などの災害に強い頑丈な施設作りを進めているところであります。

2 津波被災地のこと

●被災者も支援者も疲労がピーク

津波で家を失ってから4ヶ月たった今でも、中学校の体育館に避難なさっている被災者の方々がいます。

例えば陸前高田市の中心地に近い高田一中の体育館には、今なお3~400人の方がいます。

体育館の中は冷房もありません。

扇風機だけです。

ストレスが非常にたまる環境で4ヶ月過ごしています。

私は、避難所にいる方々が一日でも早く避難所から出て、自分のカマドを持ってもらいたいと思っています。

避難所を出て仮設住宅に入ることは、自分のカマドを持つことです。

「毎日の食事を自分で作る」これが自立に繋がるのですから。

このままいくと秋になっても避難所にいることになってしまいます。

それは絶対に許されないことだと私は思います。

国は「お盆前には」と約束したんですよ。

これは国が責任を持つべきです。

陸前高田市では、基本的に仮設住宅は市内でまかなう。一部不足する分は住田町にお願いするということで陸前高田市長さんと協議しました。

気仙郡のなかで陸田高田市と住田町は絆が非常に強い。

何がそうしているかというと「川」ですね。

気仙川という川。

この川の源流が住田にあって、河口が陸前高田にある。

川の流域の繋がりというのは、非常に強い繋がりがあるんだと思います。

住田町と陸前高田というのは昔からそういう繋がりのあるところです。

一部の方が住田町に行くことになるかもしれませんが、今月中には全員が仮設住宅へ行くことができると思います。

●一関への避難者

一関への避難者は、陸前高田市からは304人の人が市内に避難して来ています。

304人の内訳は一関に167人、大東に68人、 千厩に57人、東山に8人、室根に4人ということです。

次に気仙沼ですが1124人で一番多いです。

一関に322人、花泉に16人、大東に75人、千厩に474人、東山に8人、室根に227人、川崎に2人。

ですから、陸前高田市に比べて気仙沼市からの避難者が多いです。

千厩と室根の284号線沿いに3分の2近くの人が避難して来ているということです。

また、福島の南相馬市から避難している方がたくさんおります。

全部で2082人。

7月1日現在の資料ですが2000人以上の人が市内に避難したということです。

気仙沼の仮設住宅が室根と千厩に建設されと、約400戸で1000人以上の方が増えます。

それで問題は、「ほとんどの人は一時的に避難して来ている人」だということです。

陸前高田や気仙沼からの避難者の皆さんは、あくまでも一時的な避難ということです。

「将来、自立していくための一歩をそこから踏み出していこう」と思って来ています。

避難者の皆さんは、「復興計画がどのように進むか」、「どのような市街地が形成されるか」、「どのような復興住宅が作られていくか」そのようなものを見ながら、今後の対応を考えていくと思います。

ですから、一関市が高田からの避難者の皆さんに対して、「陸前高田の情報」をどのように提供していくか。

気仙沼から避難してきている方に対して「気仙沼の情報」をどのような方法で提供していくか。

これが、ものすごく大きな課題となるのです。

避難してきた人たちに「自分たちがほしい情報は自分たちで取りなさい」と、言ってしまったら、自分で、わざわざ気仙沼市や陸前高田市まで行かなければなりません。

●後方支援

一昨日、陸前高田市役所に行ってきました。

ようやく仮設庁舎が建って引越しをしていました。

床に書類が積み重なっていましたが、書類をみたら津波をかぶってボコボコになっているんです。

そんななか記録を引っ張り出しながら、やっている状態です。

高田市役所には、一関市からも県内の市町村では一番多い11名の職員が応援に行っています。

理由は「隣町」だからです。

他の町から行っても、ホテルも、アパートも泊まるところがないのです。

ですから、一関市では自宅から通える職員を選んで派遣してあります。

大東出身者と千厩出身者です。

一昨日は、職員が行って3ヶ月ほど経ちましたので激励に行ってきました。

一人一人と会って、変わりなくやっているかどうか見て参りました。

さすが一関市の職員です。

いろんな他の自治体から来ている職員たちが頑張っていましたけれど、そのなかでも一関市の職員は中心的な存在になって働いておりました。

陸田高田市では、250人位の職員のうち70人ぐらいが津波の犠牲になっています。

なかでも係長クラスが犠牲になっています。

一番の働きどころ中間層ですね。

私は職員を派遣する前に、鳥羽高田市長と3回・4回と打ち合わせをしました。

そこで、「専門分野ができる係長クラスの人間がほしい」というわけです。

ですから、「わかった、そういう人間を選んで出します」と言ったものの、大分、悩みました。

「市長、そんなに優秀な職員を出すと、一関が弱くなってしましますよ」と、言われたこともあります。

「そこは皆で力を合わせれば、なんとかなるから、まず高田の応援に出す」と決めて、出しました。

結果として「陸前高田の復興の大きな力になって頑張っている」それを一昨日、目の当たりに見まして、「やっぱり出してよかったな」そう思いました。

一関市からの派遣は、一年間です。

他では、一ヶ月交替で人が変わります。

その度に覚えたことが振り出しに戻ります。

一関は最初からずっと同じ人にやってもらっていますので、高田市長から感謝されているところであります

津波で、陸前高田市役所のホームページもだめになってしまいました。

広報も出せない。

陸前高田の情報を避難してきた方々にどう提供しているかといいますと、一関市のホームページを通じて陸前高田市の広報を載せました。

また、区長さん方にご協力をいただいて、「どこに」、「どこから」、「何人くらい」避難して来ているのか、がわかっていましたから、市内に避難された方には、それを印刷して、回覧板方式で情報を入れて歩いたりしました。

雇用促進住宅の場合は、階段の上がり口に掲示板を出すとか。

考えられることは、あれも、これも、やっております。

どれが一番効果的なのかは、もう少し時間がたってから、実際に避難なさっている方々のご意見を聞きながら、一番いい方法を考えていかなければだめだなと思っております。

これだけの支援をしているのは、他の市町村ではありません。

本当にこれでもか!というくらい、やってきたつもりです。

これを実施するに当たり、私から職員に「自分の身内が被災したと思って、何をやったら良いのか考えろ」そう話しました。

そして各部からできたものを「やろう。やろう」と、やってきた。

陸前高田にしても、気仙沼にしても「隣町」です。

合併前から、「大東と陸前高田」、「室根と気仙沼」は、「隣町」で人の交流も盛んにありました。

そのような関係でしたから、一関市としては、「自分の身内が被災した」つもりで支援の内容を考えてきたところでございます。

なかでも特徴的なものは、平泉と藤沢と合同本部を立ち上げたことです。

「少しずつ支援するよりも、まとまって支援する方が良い」という考えで行いました。

公用車も提供しました。

これは陸前高田に最初に行った時、「山手の方に出かけていたミニバン3台が残っているだけで、50台くらいの公用車が津波で流されてしまい車がない」と、いうことから、各支所や平泉町へ声を掛けまして、中古ですが使ってくれと7台持って行きました。公用車は、全部で10台です。

東山からも1台出してもらっています。

また、5月23日に「陸前高田市支援室」を設けました。

大東支所に置いています。

毎日、陸前陸田高田へ足を運んで、「今、必要としているものは、何なのか?」と言うことを、聞き取りをして、ミスマッチの無いように支援していくことが何よりとの考え方から行っています。

同じように室根支所には「気仙沼支援室」を設けました。

例えば、「明日の朝までにコピー用紙が欲しい」と県庁にいっていたのでは、遅くなりますが、一関市だったら、前日の夕方に言われても、明日の朝には届けることができる。

そのような細やかなことでも、しっかりと対応できるように体制を取っていきたいと考えています。

●ボランティアのこと

夏休みには、夏期休暇を利用して大学生ボランティアが大勢きますが、宿泊施設がありません。

宿泊施設は、沿岸の支援に来ている民間企業の方々で満杯です。

観光客はあまり増えてないですが、ホテルは満杯です。

例えば摺沢の勤労青少年ホーム。

それを手直ししてボランティアさんに使ってもらおう。

そういうことも考えていかなければと思っています

●被災地の医療支援のこと

陸前高田市では大船渡病院や住田病院が無傷だったものですから、大部分はそちらの方でカバーしていただいておりましたが、気仙沼市は病院がすっかりやられてしまって、千厩病院と磐井病院がカバーしました。

なかでも、人工透析患者の対策では大分苦労しました。

人工透析とういうのは一定の期間ごとにやっていかないとだめなものですから、「迎えに行って人工透析をして、また送っていく」ことをしました。

災害時の医療対応で判ったことは、来るのを待っていたのではだめなんですね。

「迎えに行って、治療をして、送っていく」ことをしないとだめなものですから、藤沢町さんと一緒に巡回バスを運行しました。

●消防団の活躍について

消防団の方々には夜間の警ら活動をやっていただきました。

気仙沼市では、建物の一階が海水に浸っても、全部流されたわけではありません。

家は崩壊していないので、家財道具を二階に運びあげた人が多くいます。

でも、住人の方は停電で電気がつかないし、水道も出ないので、夜には避難所に行きます。

そこをねらって犯罪が増えました。

気仙沼市から「一関市の消防団の方々にも、せめて夜だけでもいいから手伝ってもらえないか」と、依頼が来ました。

そこで、室根、千厩の消防団を中心に出動してもらいました。

10日間くらい出動してもらったら、一気に犯罪が減ってきました。

消防車両で鐘を鳴らして夜通しパトロールしたことで効果がありました

●コミュニティーを大切にした避難について

本吉地区の小泉小学校体育館に避難していた方々に、統廃合で廃校になった津谷川小学校学校に二次避難してもらいました。

体育館から体育館では気の毒だと思ったものですから、小泉地区の区長さんに「体育館でなく教室を開けるから教室の方に避難先として入ったらどうですか」と相談しました。

区長さんは「判りました。向こう三軒両隣くらいの単位で、ご近所のコミュニティーを大事にして地区ごとに教室に入ってもらいます」ということになりました。

これがすごく良い方法だったと感じております。

 

このような、後方支援をやって来ていますが、復興までにはまだまだ時間がかかります。

5年、10年という単位で見ていかなければならないです。

そのなかで言えることは、今までの枠組みだけで考えていくのは限界です。

なにをやるにしても、「新しく法律を作るとか」、「例外措置を大幅に認める」とか、国の対応をしっかりとしてもらいたい。

これが、一番の願いです。

ところが国は、「復興計画は、自分で考えなさい」と言っています。

「何も考えない人には何もやらないよ」と、大臣が言ったことは確かです。

「地元で考えなさい」、「地元が中心になって考えなさい」と言っているのですけれども、国で基本的なところを示してもらわないと、地元は考えられない部分もあります。

陸前高田市では津波で市街地を全部やられてしまいました。

「市街地をどのように作っていくか」、「平らな所をどうするか」、「土地の所有権をどうするか」を考えた時に、国では、「国が土地を一時買い取る」というような方針を出さないので陸前高田市長さんも、なかなか、方針を決められないでいます。

例えば「海岸線から山手の方に何本か真っ直ぐな道路を通す時には、私有地を国が買い取ってください」と国に要望していますが、いっこうに返事が来ません。

これでは、いつまでたっても描けない。

国はもう少しスピード感をもってやってもらわないと困ります。

避難所で生活している方々もいらいらしているし、被災地の行政もいらいらしています。

ここは、国がしっかりとした考え方を示すべきだと思います。

まさに「国難」といっていいと思います。

「なぜスピード感をもって方針を出してもらえないのか」と思うときもあります。

 

「放射能問題」もそうです。毎日のニュース報道で、「一関は大丈夫か」と、心配している方が大勢います。

「岩手県の一番南だから、岩手県で一番先に影響が出てくるのではないか」と、心配されている皆さんがいっぱいいらっしゃる。

そのとおりです。

ですから独自に調べています。

調査結果が少しでもおかしい時は、県と連絡を取り対応することで手はずを取っております。

けれども、国の基準を明確にしてもらいたいです。

「暫定基準」という、判ったようで判らない表現ですが、暫定基準を下回っていれば安全なのかといえば、必ずしもそうでもないと言っている方もいるようなので、そこで暮らしている人が安心できるようなことを、国で言ってほしいと思います。非常に悩ましい問題です。

3 自助・共助・公助

3番目には、「自助」、「共助」、「公助」についてです。

これは、今後の地域づくりにもかかわってきます。

「自助」は、自らを助けている。

自分たちの地域は自分たちで守っていくんだ。

自分の命は自分で守るんだ。

これが一番のベースになると思います。

「共助」は、お互い助け合うこと。

「おたがいさま」の関係をしっかりと築いていくこと。

「公助」は、行政、役所からの支援策。

これの理想の形は「自助」が七割、「共助」が二割、「公助」が一割。

ところが、今、日本では逆になっています。

「自助」が一割、「共助」が二割「公助」が七割。

「何でもかんでも役所が何とかしてくれる」、「役所に言えば何とかしてもらえる」大学の先生たちから聞いたのですが、日本のくらい「公助」に期待する傾向が多いのは、世界にないそうです。

それだけ災害が起きた場合には、役所が司令塔の役割をしてきたのでしょう。

災害復旧にしても、役所が先頭に立って旗を振りながらやってきたんでしょう。

これまではそれでよかったかもしれない。

今回の津波被災地の状況を見ますと、あの状況のなかで、いくら「110番へ電話しても」、「119番へ電話して」も、消防車も救急車も来てくれません。

最後は「自分の命は自分で守る」ところに行き着きます。

アメリカのテネシー州の法律では、「消防車を呼ぶのには、あらかじめ年の初めに75ドル納めてください」という法律があるそうです。

75ドルですから7~8千円です。

それをあらかじめ納めておかないと「いざというときに消防車が来ない」

例えば、隣り合わせたAさんの家とBさんの家があったとします。Aさんの家から火がでて、Aさんは「火事ですから来てください」と消防署に電話してもこない。

Bさんが「これはヤバイと、うちにも延焼するかもしれない」と思い、消防署に電話したらすぐ消防車が来てくれた。

ということにもなりかねない。

アメリカの場合は、個人主義が発達しているのでかもしれませんが、「あらかじめ税金を納めなければだめだ」という事例もあります。

 

日本の災害対策について話します。

昭和34年の伊勢湾台風のときに「災害対策基本法」という法律ができました。

その法律に基づいて「防災基本計画を作りなさい、国も作るし、県も作りなさい、市町村でも作りなさい」ということになりました。

その結果、どこの市町村にいっても「中身が全く同じような防災計画」ができあがりました。

その防災計画のように動くかというと全く動かない。

その原因は、国からこのように作れといわれたから作った。

それを受けて県がこう作った。

市町村はそれと同じように作っていれば間違いないな、と作ってしまってきている。

上からの押しつけのように作っているので、「いざ」というときに、防災計画書に書いてあるようには、物事がうまくいかない。

今回の震災の経験では、ライフラインが一気に寸断されてしまうと「もうバンザイ!!」でした。

今年度から準備に入って来年度に作る「一関市防災計画」は、そういう時のことも考えて「国県の内容にかかわらず、災害に強い町をつくっていくのだ!」という内容に変えていかなければならない。

と、私は考えています。

防災計画をつくることは、地域づくりと同じです。

「災害から自分たちの地域をどうやって守っていくか」を、つくる計画ですから、立派なことを書いてもだめなんです。

イザという時に、その計画にもとづいて動いて行けるような計画。

実効性のあるものにしないと、「立派な表紙をつけてロッカーの一番奥に納められている」ようでは、だめであって、作ることが目的ではないわけですから。

そのことをこれからやっていこうと思っております。

昭和34年に伊勢湾台風があり、平成7年に阪神淡路大震災があった。

この二つが日本のこれまでの災害防災対策の節目になっています。

そして今度の東日本大震災です。

阪神淡路の時には、行政だけではなくいろいろな人がかかわって復興を遂げました。

そこで災害ボランティアがでてきたのですね。

ボランティアの歴史はまだ浅いですから、日本の場合はこれからだと思います。

伊勢湾台風、阪神淡路、大きな災害のあとで日本の防災対策も変わってきました。

東日本大震災で、今までとは全く異なる観点から見直して行く必要があると思います。

それが何なのか、国の復興会議がどのような方針を出してくるかは、まだ判っていません。

今はまだ言葉だけが走っている状況です。

それを具体的に被災地で適用できるのか、まだ見えてきませんので、しっかり見極めながらやっていく必要があります。

今いえることは、「行政にだけ頼る時代ではなくなった」ということです。

正直を言うと、行政も全部には、手が回らなくなってきているんです。

一方では住民の方々はニーズが多様化しておりまして、非常に細かなところまで行政サービスとしてやっていかなければならない時代になっています。

したがって「どこまでが行政サービスの領域で、どこからが市民個人の領域か」という境界線が常に動いています。

そのようななかで、市としての行政サービスを展開していかなければなりません。

「役所は何をやっているんだ!」とお叱りを受けますが、今後の防災対策は、そのことを念頭にやっていかなければなりません。

このことは、ものすごく大きなエネルギーを使う仕事ですが、しっかりと取り組んでいかなければなりません。

●危機管理をどうするか

「災害対策」にも当てはまりますが、危機管理には、3つのことが言われています。

 一番は「意識」を持つことです。

「危機の意識」がないと、まわりでいくら言ってもだめです。

次に「認識」、最後は「知識」。必要最小限の「知識」は持たないとだめです。

この3つの要素が危機管理に必要です。

一関市では、「市民と行政と民間企業、団体などが危機管理に必要な3つの要素を共有する」そのような防災計画を作っていきたいと思っています。

危機管理はここがスタートです。

危機管理をする部署が一関市にはありませんので、来年度あたりには「組織」を作りたいと思っています。

そうすると「意識」、「認識」、「知識」のほかに「組織」というものも大事になってきます。

「組織」については、市役所の組織もですが、皆さんの身近なところにある「自主防災組織」が一番大切です。

この「自主防災組織」は「自分たちの地域を守る」ところからスタートして、「隣接する隣同士」と繋がりをもち、「おたがいさま」という関係を作っていくことが何よりを重要であると思っております。

私が考えている「危機」というのは災害だけではありません。

例えば「熱中症」がテレビ報道されていますが、あのような状況が多発してきたときも、地域の「危機」なのです。あるいは、スキャンダルでも危機に直面します。

「一関市のイメージを著しく損なうこと」これも「危機」です。

あるいは「テロ」。

いろいろな所に「危機」はあります。

●原発の問題について

今度の放射能問題も「危機」といえます。

放射能で汚染された牛肉が花巻に食肉で来ていたことがわかりました。

でも、どの店で誰が食べたのか全然判りません。

人体にどの程度影響があるのか?というと、人体にはあまり影響がない。

マスコミの出す数字に惑わされずに、冷静な対応が必要だということです。

数字にあまりに過剰にならない。

過剰反応を示さないことだと思います。

国では、はっきりとした判断基準を作るべきです。

いつまでもあやふやな状態で国民を引っ張っていくわけにはいきません。

われわれは、このことを国に盛んと言っています

最近のニュースで「シーベルト」や「ベクレル」という言葉をよく聞きます。

このうち「シーベルト」は、放射性物質が人体に及ぼす度合いをいっています。

「ベクレル」というのは放射性物質が出す放射線の量です。

牧草とか校庭の土に放射性物質が付着しているかどうかを計るときは、ベクレルの単位を使います。

このほかにグレイという単位もあります。

ベクレルというのはフランスの学者です。

シーベルトはスウェーデンの学者の名前です。

日本では、原発で働いている人で年間50ミリシーベルトの放射線の被曝を受けて大丈夫との基準があります。

リンパ球が減るのが500ミリシーベルトですから、これの10分の1です。

原発で働く方は、内部に入る回数を減らしたりして50ミリを超えないように、年間の総枠で調整しています。

胸部のレントゲン撮影でも放射線を浴びますが1回当たり0.05ミリシーベルト。

CTスキャンはちょっと多くて6.9ミリシーベルト。

それでもこの500からみれば断然下の方になっています。

今の報道を見ていると、わずかな数値でも、すぐ人体に影響が出るかのように聞こえる風潮があります。

国では、早い時期に「大丈夫だという基準」を示してほしいと思います。

東山もですが、東磐井地区は多くの方が酪農をされています。

風評被害が出た場合には非常につらい思いをすることになります。

「これは口が酸っぱくなるくらいに継続して、国に言い続けていかなければならない」と思っております。

●「地域づくりの秘策」について

地域づくりを行うにあたって、特にお願いしておきたいことは、「笑顔」なんですよ。

さきほどは「おたがいさま」の関係を築きましょう、といいましたが、「おたがいさま」の関係を築く際に一番大事なのは「笑顔」です。

お互い様に協力していくときに、コミュニケーションの基本です。

私が「笑顔」、「笑顔」って言っているもので、「その割には、市長はさっぱり笑顔がない」といわれます。

それは、市長室にいるときには、真剣にあれこれの問題に取り組んでいますので、あまり笑顔ではいられないのです。

努めて笑顔になりたいなと思いますが。

「笑顔」がなぜ必要かというと「笑顔」は伝染するからです。

人に伝染していくんです。

地域の中でお互いに「笑顔」でいれば、その地域はものすごく明るくなるんです。

この「笑顔」っていうのは、朝起きたときから始めなければならないですね。

まず洗面所に行って、鏡の中の自分に向かって「おはよう」と笑ってください。

そうすれば、鏡の中の自分も笑ってくれますから。

そのままの顔で家族に向き合うわけですよ。

でも、あまり笑いすぎないこと。

「うちの母ちゃん、今日何か変だぞ!」って言われますから。

これを家庭からスタートさせて、隣近所に伝染させていくんですよ。

そうすると地域が明るくなります。

朝の笑顔の挨拶がコミュニケーションのスタートです。

「おはようございます」が、朝の笑顔に一番似合っています。

笑顔には「おはよう」と「ありがとう」が一番似合います。

人間の顔には「表情筋」があります。

ここには筋肉が通っているんです。

顔の右側に16本、左側に16本の筋肉が複雑に入っていて、それが人の表情を作っています。

16プラス16が32。

表情筋を鍛えないと皆シワになりますよ。

「シワサンジュウニ」っていうでしょ(会場から笑い)。

ですから、シワがこれ以上増えないように、表情筋を鍛えて「過度にならないように笑うこと」、笑いすぎはだめです。

かえってシワができますからね。

一日一回は声を出して笑う。

一日中ではなくて、一日一回でいいですから。

そういう「笑顔」と「笑い」がある生活で過ごせるように、近所の人たちと会ったら「自らがそういう「笑顔」になれるような話題を探して歩く」というのもおもしろいかもしれません。

一関市内のいろいろな所で、そういう地域づくりができると、すばらしい町になると思います。

なにせ、秋田県境から気仙沼まで、「横にずっと長い」ところですから、歩いてみると、それぞれ文化も違います。

これはおもしろいと思います。

室根と祭畤では、お祭りとか神楽とかも違います。

北上山系と奥羽山脈では違うんだなと思います。

お互いに交流を図りながら地域づくりの参考にしていくというのも、非常におもしろいと思います。

今年もまもなく夏祭りが始まります。

今年は、外から2000人の方々が避難して来ています。

その方々にも一関の夏祭りに入っていただいて、「一緒に楽しんでもらう機会になれば良いな」と思っています。

また、陸前高田の「酔仙酒造」が千厩の横屋酒造さんのところで酒造りを始めます。

清酒を造るのには2、3年かかるらしいですが、濁り酒はできます。

今年の11月頃には酔仙の「ゆきっこ」が飲めます。

今から楽しみにですね。(笑い)

醤油を造っている陸前高田市の「八木沢商店」は、摺沢に営業所を構えました。

酔仙さんも八木沢さんも、将来は陸前高田にお戻りになりますが、それまでの間、「一関のフィールドで力強く、大きな一歩を踏み出してください」という気持ちをもって皆で応援しましょう。

いろいろな企業が、どんどん一関に来て、再出発の足がかりをつけていきます。

一関市でもそれを応援していくことが大事なことと思っています。

今年の夏祭りは、その思いを込めて、「復興に向けて被災地の方々と一緒に楽しみたい」と思っています。

川崎の花火が中止になったのは残念ですが、スポンサーも大変なようですので、その分は来年に、大きくやってもらおうと楽しみにしております。

それから、今年の夏祭りに初めて披露することとなりますが、お祭りの時に私が着る半天がまもなく完成いたします。

これまで全国の市長さんが着たことのないような「半天」がまもなくできてきます。

「この半天を見れば一関市が全て判る」というような半天を今製作中でございます。

私と副市長とで、いろいろなところを手分けして歩きますから、市長用と副市長用の2着しか作りません。

「ずいぶん太い広告塔だな」って思われても困りますが「歩く広告塔」です。

特注で少し長めの半天なんです。

「今度、市長が着ている半天、あいつは寝間着じゃないか」なんて言われても困りますので。

作ってみて皆さんのご意見もいただきたいと思いますが、「こういうときだからこそ、明るく、笑顔で過ごしていきたいな」と思います。

皆さんも「笑顔」を忘れずに、地域で人に笑顔を伝染させていただければと思います。

 

以上で私の話を終わります。ご静聴ありがとうございました。

 

平成22年度 第2回中央婦人学級「移動市長室・市長講話」
こんにちは、一関市長の勝部修です。
今日は、東山に来てみなさんに会えて、とてもうれしいです。
私が講演する場合は、お客さんを見てから話の内容を決めることにしています。
今日の場合だと、鶴瓶さんか?
やっぱり綾小路きみまろでいこうかと思います(会場より笑い)。

今日のテーマは「まちづくりに果たす女性の役割について」という内容です。

●地域における女性の役割
地域における女性の役割は大変重要だと思います。
特に、「笑顔」が一番大切です!
みなさんの笑顔が地域を明るくします。
地域づくりはオーケストラの演奏に似ています。
オーケストラの演奏はコンダクターと様々な楽器を演奏する人が楽譜に沿って、一体となって演奏することが必要です。
様々な楽器、それは「地域の中で様々な特技を持った人たち」と言うことができます。
地域づくりの楽譜は「まちづくりの計画書」と言えます。
計画書に沿ってみんなで力を合わせて取り組む。
そういうことが地域づくりです。
みんなですることが大切です。
高齢化の問題は、地域にとって避けて通れない問題です。
「買い物難民」と言う言葉を知っていますか?
東磐井は中山間地が多いです。
高齢者は買い物に出かけるのが大変です。
高齢者が買い物に行けない時は、家族や隣近所で行くとかやっています。
この地方に昔からあった「結い」の精神です。
しかし、それが難しくなる。
高齢化がさらに進むとこれができなくなる。
したがって、行政の守備範囲は広くなっていていきます。
行政の役割は今までとは違って来ます。

今まで個人の領域だったところが、行政の仕事となっていきます。

●市が直面する4つの課題
ところで、市では、四つの課題に直面しています。
一つめは「雇用対策」です。
ソニー千厩など事業所が閉鎖し多くの離職者が出ました。
ソニー千厩の従業員の中には、消防団員や神楽の伝承など芸能活動をしている人がいました。
地域と関わりをもっていました。
そういう人が配置転換で出て行かれては困るのです。
地域にとって働く場所は必要です。
そのためには企業誘致が必要です。
二つめは「地域医療」です。
この問題には、私たちが病院の実態を理解しなければなりません。
お医者さんがどれだけ厳しい環境の中で勤務しているのか、私たちが本当に正しい病院の利用をしているのか、そういう点を考えてみることが必要です。
三つめは「人口減少」です。
今後、人口が減っていくのは避けられません。
子どもたちは卒業して出て行ったらもどって来ません。
最近はUターンが少なくなっています。
戻って来ないのならば、出さない方法を考えなければなりません。
私は、地元に残りたいという希望をもつ若者は全員地元に就職させたいと思っています。
もう一つは「所得の向上」です。
一関は、自動車部品製造の工場立地に適しています。
地理的にも盛岡市と仙台市の中間に位置します。
県境を意識しない政策を取る事が必要です。
登米市や栗原市は経済圏が一緒です。
私は、一関市を「中東北の拠点」となる都市にしたいと考えています。
今日、今晩には、企業誘致関係の用務で愛知県へ行く予定です。
秋風の吹く頃には、企業誘致の課題で、皆さんにいい話ができると思います。
企業誘致は大切です、若者の雇用確保に結びつきます。
それによって、「人口減少」や「所得向上」が図られます。
●コミュニケーション
さて、入社試験の面接時に、座っていいと言う前に座ったり、面接が終わって出て行く時が大切なのですが、黙ってでて行ったりと、躾ができていない子どもがいます。
また、入社後のコミュニケーションが重要なのですが、苦手な若者が多いように感じます。
コミュニケーションとは、話すことだと思っている人が多いですが、相手の話をよく聴くこと。
これが大前提なのです。字は、「聴く」の方です。話を聞くときは「うなずく」ことも大切です。
うなづきもコミュニケーションの一部です。
相手の話を心を込めてよく聞くことを「傾聴」といいます。
そして、相手の表情を観察することも大切です。
表情のつくり方でちょっと話題を変えますが、どんな人でも50歳近くになるとシワが32本くらいできてきます。
なぜだかわかりますか?
昔からシハ(ワ)32(4×8=32)といいます。(会場笑い)
【ここでホワイトボードに人間の絵を描いた】
人間には、足が2本。
手も2本。
目が二つ。
耳が二つあります。
これは、自分の足で現地へ行き、触れて、相手をよく見て、相手の話をよく聴くためです。
しかし、口は一つしかない。
これは、理屈を言うよりもまず行動する。
観察するということが大切だからです。
東山に帰ると、長坂で過ごした子どもの頃の事を思い出します。
当時(長坂)は、砂利道で馬車が通っていた。(馬糞投げの話で会場を笑わす) …… 
家庭は女性が一番重要な役割を果たしています。
円満な家庭づくりは女性の果たす役割が大きいのです。
躾は母親の役割が大切です。
家庭でのコミュニケーションが大切です。
みなさんは、まず朝起きたら鏡に向かって「ニッコッ」と笑ってください。
一日の始まりは笑顔から。笑顔で挨拶してください。
顔は自分のものですが、表情は相手に差し上げるものです。
挨拶できない子どもが多いのですが、それは家庭で挨拶の習慣がないからです。
挨拶はコミュニケーションの基本です。
●合併について
合併問題は、真剣に取り組んでいます。
前回は、藤沢町の財政状況に不安なところがありました。
課題はまだありますが、前回の合併も課題を抱えながら協力して解決してきた実績があります。
何事をするのにも大なり小なり課題はあるものです。
「両磐は一つ」です。
みんなで知恵を出し合えばきっとうまくいくと思います。
●結びに
婦人会の活動は、地域の総合力や一人一人の力を同じ方向に向けることが大切です。
地域づくりは地域の方々が自ら行うものです。
これからは、女性の社会参加が重要になってきます。
仕事と家庭の両立は大変とは思いますが社会に出てどんどん活躍してください。
平成22年度7月【第5回一関市社会福祉大会における市長講話】『地域づくりは人づくりから(抄録)』

 

本題に入る前に最近の市政トピックスを紹介したいと思います。まず、一関学院の甲子園出場決定ですね。今日このあと4時から優勝報告会が予定されています。一関学院の方々がいらっしゃることになっておりますが、「全国に向けて元気な一関をアピールしてきてほしい」と言って励ますつもりです。

岩手・宮城内陸部地震発生から2年目にして国道342号が全線再開通となり復興の年です。

昨年中止となった川崎の花火大会も復活です。そして一関学院の甲子園復活です。私も機会を把えて元気な一関をアピールしてまいりたいと思っております。

●2つ目は、“移動市長室”というものを行っております。

各支所で私自身が3日間滞在して、普段と同じように市長の仕事をするのですが、大東地域では8月18日から20日までです。
それから、元気な地域づくり事業というものを本年度から実施しておりまして、これは企画から実施まで全く支所長権限としました。その企画実施については、地域の皆さんとの話し合いをベースに組み立てていただこうというものです。

●3つ目は、私が市長に就任してからソニー千厩、NECトーキンが相次いで事業撤退となり1,000人を超す離職者が生じました。

雇用対策の一環として、千厩支所内に相談窓口を設置したのですが、相談に訪れる人があまりない状況です。失業手当受給中ということもあるのかも知れませんが、それもお盆頃で切れてしまうのでは、と心配しています。その後となると高校生や大学生の就職活動が活発になりますから、求職活動は一層厳しくなってくるものと心配しています。
私は企業訪問のたびに社長さん方に新規の採用をお願いしておりますが、他市のように雇用奨励金といった形ではなく、人材育成の観点から企業に対して支援する方法を採用しています。
私は公約の一つに「雇用の場の確保」を掲げましたが、今、自動車関連の産業が元気ですので、関東自動車とセントラル自動車のちょうど中間にある一関の良さをセールスポイントとして企業の誘致を進めています。
先日、大垣市が39.4度を記録した日に名古屋の企業を訪問していました。昨年の10月9日に市長に就任したわけですが、雇用の場の確保策としての企業誘致を1年以内に何とかしたいというのが私の目標で、今、一所懸命に頑張っております。

●4つ目は国の出先機関の統廃合についてです。

統廃合ということになりますと、どうしても県境付近から県中央の方へと持っていかれがちです。宮城県の登米、栗原、気仙沼でも古川の方へ、一関でも法務局が奥州市へ統合されることが伝えられております。こういうことが続くと県境には何もなくなってしまいます。私はむしろ県境を有する地域で同じ経済活動が展開されている圏域には県境をまたいで大きな国の機関を置いてもよいのではないかと思っているんです。これは今後国に提言していきます。

とにかく情報発信をどんどんしていかなくてはならないと考えておりますが、市の広報紙は月2回の発行です。また、市のホームページも毎日は更新していないんです。若い職員にこのことを話したら「ツイッター」(注・自分が現在何をしているかなどを短い文章で発信できるサイト)を活用してみては、と教えられまして、今ツイッターで市長の仕事の周辺話題を発信しているところです。
先日高知へ行きまして、坂本龍馬記念館を訪れ、龍馬が筆まめだったことに驚きました。手紙をたくさん書いているんです。すごい情報発信力です。それから西郷隆盛や高杉晋作などにも頻繁に会っている。移動時間のことを考えると半端ではない。今年10月には一関で「坂本龍馬全国ファンの集い」が一関で開催されることになっておりますが、一関と龍馬とは何かゆかりがあるのかと聞かれれば、「何もない」と答えるしかない。当初は下関での開催予定されていたらしいのですが、一関龍馬会が中心になって、「一関が下関に負けるわけにはいかない」等と言って張り切っております。おそらく龍馬が生きていたら、真っ先に一関に来たことでしょう。

●どのような地域社会を構築していくか、それを表現するものが総合計画です。

以上、最近のトピックスについて話しましたが、ここから本題に入ります。これからどのような地域社会を構築していこうとしているのか、ということですが、それを表現するものとして総合計画というものがあります。私はよく講演の時にオーケストラの話をするのですが、オーケストラは様々な楽器で構成されています。弦楽器とか打楽器とか金管楽器、木管楽器、・・・それぞれが個性をもった一人ひとりの市民というように例えることができます。これは例えて言うなれば楽譜みたいなものです。コンダクターが市長だとすれば、市民はそれぞれの楽器を奏でる役割を分担するということになってくると思うのです。そして一つひとつの音色が合わさって調和した時に、すばらしいハーモニーとなり感動を生みだす音色となるわけです。
その総合計画の後期計画は23年度からとなっておりますが、藤沢町との合併のこともあり、又、計画策定には多大なエネルギーを要することから、当面は毎年度見直す実施計画で対応してまいりたいと考えております。何しろ「楽譜」です。中途半端なものでは美しい演奏は期待できなくなりますから。

これからの地域を考える場合にどうしても外せないことが2つあります。
1つは、人口減少社会に突入しているということ。2つ目は高齢化が進行しているということです。
このような状況下でどうのようにしたら地域の活力を維持していくことができるのかということであります。右肩上がりが望ましいのですが、これは極めて困難であります。もはやそのような時代ではありません。かと言って右肩下がりは避けたい。そこで、現状を維持していくための方策ということになるのですが、これにも2つあると思われます。

●1つは生産年齢人口をどうやって増やすか、ということであります。

私は高校新卒者で地元に就職したいという希望をもっている若者を外に出したくないと常々考えております。Uターンという言葉があるけれど、実際問題として一旦外へ出てしまうと帰ってくる確率は極めて低い。だからこそ雇用の場の創出ということになってくるわけです。

●2つ目は交流人口を増やしていくということであります。

先日花泉町金沢と市ヶ谷の交流がありました。8月には大東町でも首都圏との交流がありますね。このような交流を通じて一関の良さを知ってもらうということです。息の長い取組みが必要になります。
その他高齢者にやさしい仕組みづくりも必要です。交通手段の確保、見守り、高齢者のための施設、子育て等課題は山積しております。


私は今までの行政のあり方とこれからの行政、を魚釣りに例えて話すことがあります。今までは魚(補助金)を沢山釣ってきて分配すればよかったのですが、それが難しくなってきています。国の方も財政が相当厳しくなってきていますから補助金に依存するだけではやっていけません。これからは魚を皆で釣っていかなければならない。竿は貸します。魚の居る場所も教えます。餌は何がよいかも教えます。このようにきめ細やかに、そして丁寧に情報提供を行っていくことが必要になってきています。「協働」という言葉が最近よく使われますが、言葉の上滑りにならないようしっかりと取り組むことで、持続可能な地域社会ができると思います。

●もう一つ、グローバル化が進行しています。

経済も自然環境も地球規模で動いています。だからこそ視野を拡大していくように努めなければなりません。
人口減少により地域が縮んでいくとき既存の施設はどうあるべきなのか、又、ブランド力、ソフトパワー戦略という言葉がありますが、このような時にどのようにして「これぞ一関」というものを生み出していくのか。地域の魅力の創出ですが、そのためにも若者を地域に残したいのです。新しい世界をつくる、未来をつくりだす力を若者の想像力に期待しているのです。
人材という言葉があります。先日市の校長会で話をする機会がありました。校長は学校経営者といわれるが、それだったらどうして自社の商品を宣伝しないんだ―この場合の商品というのは児童・生徒のことです。ウチの学校のこの様な方針で教育している。このような人材育成を目指しているということをもっとPRしていいはずではないか。―と申し上げました。人材というのは未知数です。良くなるかも知れないが、その逆かも知れない。だから材料の材と書きます。これを財産にまで引き上げるか―人財ですね―、ただ存在しているだけの「人在」で終わらせてしまうのかは学校に頼るだけでは駄目で、行政、地域、関係機関が同じ方向を向いて取り組んでいくことが何よりも必要です。

●高齢化が進み「買物難民」ということが言われるようになりました。

家族や近所の「ゆいの精神」に支えられているうちは良いのですが、いずれ早晩このような個人の領域についても、行政が何らかの役割をはたしていかなければならない時代がくると思います。行政の領域が広がっていくことは避けられないだろうと思っています。その時は行政と社会福祉協議会と地域が力を合わせて地域の課題に真正面から向き合って課題解決に取り組んでまいらなければなりません。これからの社協そして地域の方々の活躍に大いに期待するものであります。


3分ほど残すばかりとなりましたが、2点について補足説明をいたしたい。
総合計画については時代の急激な変化に対応できるような可変性のあるものにしていきたいこと、そして、子育て支援については父母の側を支援するという施策から子供の方に軸足を少しずらした内容の施策を展開したいと考えているところです。「子育て」から「子育ち」へ、保育所のように母子分離の方向から一体化の方向へ、です。
先にオーケストラの話をしましたが、皆さん一人ひとりの参加が必要です。半歩でもいいから皆でちょっとづつ踏み出す努力をし、それを積み上げていく、この努力の集積の結果が大きな力となって、持続可能な住み良い社会を構築していくこととなるであろうと考えております。

ご静聴ありがとうございました。

(7月28日 大東・室蓬ホールにて)

平成22年4月【各地域行政区長会議における市長講話】『平成22年度の市政推進について(要約)』 


区長の皆さんには日頃から市政の推進にご理解とご協力をいただいており感謝申し上げます。
私も市長就任から半年が経過したところです。

3月の市議会定例会において、空席になっていた副市長の人事案件に、議会の同意をいただき、総務部長の田代氏を選任しました。
部長級人事も含めて大幅な人事異動でしたが、新たな体制で22年度の市政をスタートさせました。
また、同じく3月定例会で当初予算についても議決いただきました。
合併後最大規模となる総額589億円の予算となりました。

今、一関が待ったなしで取り組まなければならないもの、優先順位の高いもの、地域が元気になるような事業、そのようなものを中心に編成作業にあたったところです。
中でも、特に強く意識したのは「安全・安心」ということでありました。
一昨年の地震被害からの復旧、復興ということも柱に据えています。
花泉地域が防災情報伝達手段が空白地帯となっていたため、全市域の本格的なネットワーク構築までの間、臨時応急的に伝達方法を確保することとし、本年度において実施することとしました。
そのほか学校の耐震化など前倒しで進めていきたいと考えています。
また地域が元気になるための事業として「元気な地域づくり事業」を新規に取り入れました。
各支所長が一定の予算を自由に使えるようにしました。
どのような事業を選ぶか、それにいくら使うか、すべて支所長の権限で決めてもらうこととしています。地域の方々と十分に協議して、地域に合った特色ある事業を組み立ててもらいたいと期待しています。
本年度の市政を進めるにあたって、基本的な部分を区長さんたちと共通の認識を持ちながら取り組んで参りたい。
区長の皆さんは市の非常勤特別職であり、私と同じ市の職員に位置づけられており、一緒に市政運営に携わっていただければと思います。

まず私は、市政運営を考える場合に、「地域」という意識を強く持ちたいと思っています。
グローバル化の中にあっての世界の中でのアジアという地域、アジアの中での日本という地域、日本の中での東北、あるいは岩手という地域、岩手の中での一関という地域、そして一関という中にあっての千厩、大東、川崎という地域、さらには千厩の中での磐清水とか奥玉という地域…。
この地域が地域としての力をつけていくようにしなければならないのです。
しかし、今その地域は大きな課題を抱えています。
危機に直面していると言ってもいい状況です。
ここで私は、4つの「危機」を指摘したいと思います。
●一つ目は「所得」の問題。
給与所得が落ち込んだまま回復しないでいます。
平成12年までは岩手県の県民所得は260万円台まで順調に伸びてきました。
しかし、平成13年に一気に落ち込みました。
230万円台まで落ち込みました。
これは県内の誘致企業が生産拠点を一斉に生産コストの低い中国にシフトし、県内工場の閉鎖撤退をしたことによるもので、その後緩やかには回復傾向をみせますがまだまだ低迷状況にあります。
これを一日も早く回復させなければなりません。
平成12年の水準まで回復させるよう取り組んでいきたいと考えています。
そのためには雇用の受け皿をしっかりと作っていくことが不可欠です。
●二つ目の危機はその「雇用」問題。
特に一関の場合は昨年末にNECトーキン、ソニー千厩テックという地域の中核となってきた事業所が相次いで事業閉鎖し、大勢の方々が職を失いました。
会社側は県外の関連会社工場への配置転換で雇用の維持をしようとしましたが、地元から離れられない人が多く、配置転換に応じたのは僅かでありました。
また、従業員の中には地域の消防団の団員や、昔からその地域に伝わる神楽の舞い手もいましたが、これらの人が配置転換に応じて県外に行ってしまうと地域の消防団活動が弱くなってしまう、神楽も伝
承が難しくなるかもしれません。
会社にはそのことを十分配慮してほしいことを伝えました。
いずれ早期に再就職ができるよう関係機関と連携して支援していきたいと考えています。
新たな雇用の場としての企業誘致にも取り組んでいきます。
高校新卒の就職が厳しい情勢です。
私は、地元に就職したい、地元で暮らしていきたいという希望を持っている若者は何としても希望をかなえてやりたいと思っています。
県内の他の地域に比べれば一関の就職内定率はいいほうですが、それでも地元に就職先がなくて県外に出て行くケースが多くあります。
私は地元就職を希望する若者に対しては、しっかりと地元に定着してもらいたいと思っているし、そのために多少の税金を使うこともあっていいと考えています。
最近では大卒の就職も厳しくなっており、従来の高卒者の採用市場に大卒が入ってきていて、就職戦線はますます厳しいものになっています。
この雇用対策をしっかりやれれば、給与所得も上向き一番目の「所得」の問題の解決にもつながっていくと考えられます。
●三つ目の危機は「人口」の問題で、地域人口の減少に歯止めがかからない状態です。
2007年問題ということが注目されたが、これは日本の人口が2007年をピークに減少に転じるというものでありました。
ところが実際には、2005年にピークがやってきました。
2年も早くピークがきたのです。
今後日本の人口はどんどん減っていくのは明らかです。
厚生労働省関連の研究所が推計したデータによると、現在の日本の総人口は1億2700万人で、これが2030年になると1億1522万人に減り、2050年には1億人を切り、2100年には6400万人になります。
今の人口の半分になってしまうことになります。
2500年になると縄文時代の人口ということでが、縄文時代に何人の日本人がいたかを調べたら13万人ということでした。
そして3000年、かなり先のことですが、日本人の総人口はわずかに39人。
この部屋にすべての日本人が入ってしまうことになります。
これは現在の出生率をベースに単純に推計したもので、極端な数字になっていますが、子の代で半分になり、孫の代で4分の1になるというように人口が減っていく様子が分かる。これには合計特殊出生率というものが関係しており、これが上がらなければ人口は減少することになります。
現在の出生率はおよそ1.3。
これが少なくとも2.0なければ今の人口は維持できないのです。
この人口減少の問題は少子化の問題、高齢化の問題、そして過疎化の問題につながっていきます。
地方にとってはいずれもが重大な問題です。
●四つ目は「医療」の問題で、医師不足を食い止めなければならないということ。
特に県立病院の勤務医の定着が課題であり、このままでは病院機能が維持できないところまできています。
県医療局と連携しながら医師の確保に取り組むほか、私自身も関係方面への働きかけをしているが、簡単にはいかない問題です。
国の医療制度がしっかり見直されなければ医師の増加は見込めないが、一方で、私たちが今やれることをしっかりやっていくことも不可欠です。
つまり、医師の置かれている環境を理解し、正しい病院の利用を心がけることだと思います。
先日、勤務医の先生と話をする機会がありました。
夜間の救急医療の現場は私の想像していた以上のものと感じました。
昼間の外来は待ち時間が多いので夜のほうがいいと思った。
昼は仕事があるので、帰宅し夕食後に行くのが楽だから。
以前から気になっていた水虫の治療をしてもらいたかったなどなど。
当番医はこれらにも対応しなければならないのです。
36時間勤務が当たり前のような勤務実態になっているのです。
今後、病院の利用の仕方について市民の皆さんにお願いしていかなければならないと思っています。
●以上のように、地域は今、所得、雇用、人口、医療の問題に直面しています。
もうすでに「我慢できない」ところまで近づいていると思います。
これを「危機的状況」といいます。
何とか我慢できる状態(これを「深刻な事態」というそうだが)を既に越えているといっていいとおもいます。
この問題に取り組んでいく場合に、従来の行政と住民の関係も変化していくと思います。
従来、行政は住民からの陳情・要望を受けて、それを県なり霞ヶ関に届けて、予算(補助金)をもらってきて、地域に配分してきました。
これまでの政策はこのような要望に応える形でつくられてきた部分が多いと思うし、それが政策の柱にもなっていました。
せっかくもらえるもの(補助金)があるんだからとか、他の市町村でもやっているから、といった要望ではこれからの地域づくりはできないと思います。
地元での発想、地元による計画、行政だけでなく地元住民、関係団体、NPO、学校など地域の関係者がベクトルを合わせていくことによって、その地域に合った事業が出てくると思っています。
例えば、「私(行政)が川(霞ヶ関)に行って魚(補助金)を釣って、それを皆さんに配分する」これが今までの形とすれば、これからは、住民の皆さんに「釣竿」を貸し出し、一緒になって魚を釣る(協働)ようになっていきます。
そしてさらに、住民の方々のニーズが多様化しているからそれに応えていかなければなりません。
私はアユが食べたい、俺はヤマメがいい。天然物のうなぎがほしい、イワナとかワカサギ…
と実に多様なニーズがあります。
したがって行政は今まで以上に決め細やかな対応が求められています。
今の時期はコレコレの魚がどこそこの場所で釣れる、アユならあそこの場所がポイント、イワナはあの川で、餌はこれを使う、あそこの場所では先週これだけ釣れた、現地に詳しい人を紹介しましょう…
という情報提供も不可欠になってきます。
補助金中心から、現物(行政サービス)の給付へと変化をしていきます。
そしてこの現物給付は住民に近いところで決めていくことを基本に考えなければならないと思います。それが、その受け皿が「地域」と考えています。
今日この会場にくる車の中で、毎月届く雑誌を見ていたら参考になりそうな事例が掲載されていたので紹介したいと思います。
宮崎県の日南市の事例で、集落の生活道路の舗装が破損したため補修する必要があり、市は要望を受けて道路改修(維持保全)するのではなく、コンクリートや砂利などの材料を提供し、ミキサー車の手配もする。
実際に作業にあたるのは集落の方々という独自のやり方で対処しているという記事です。
私はこれを読んで、これからの事業の進め方にはこのような集落の方々が自ら行う、できるところは地元が直接実施するといったやり方も取り入れていくことが不可欠になってくると感じました。
従来の道路整備のやりかたであれば、市内全域の道路補修必要箇所に優先順位をつけて順次工事をしていくのですが、この日南市の方法でやれば、時間をかけずに補修工事ができる、見た目は少々悪いかもしれないが地域の道路を地域のみんなで補修するという地域生活道路に対する愛着も生まれ、そして経費も格段に安くなります。
今後の施策に参考にしていきたいと思います。
これと同じような事例が県内にもあります。
滝沢村の姥屋敷地区という小岩井農場の奥、岩手山の裾野にある集落で、役場まで用があって行くのに、小岩井農場を通り、46号線に出て、盛岡市街地の渋滞地区を通ってようやく役場に着くという集落です。40分もかかるとのこと。
地図で見ると集落から役場までは平面図ですからすぐそこに役場がある。
集落の人たちは役場との間にある山、かつて全国的にリゾート開発が叫ばれていた頃に首都圏の人が買い占めた土地がこの山だったため、集落の代表が直接かけあい、道路を通したいので土地を譲ってくれるよう要請、所有者も道路ができるのなら提供しましょうということになり、それから小岩井農場からブルドーザーやバックホーを借りて自分達で1年半かけて道路を整備したそうです。
役場の手前まで整備が進んだ時に小さな川があって、さすが「橋」だけは自分達で工事することはできないと役場に願い出て、役場が橋の工事を行い見事に集落から役場までの道路がつながりました。
10分少々で役場に行けるように。
このほかに八幡平市や、浄法寺の事例もあります(記載省略)。
住民と行政の関係はこのように変化をみせてきていて、今後もこの傾向は強まると考えてられ、それに対応して市役所の仕事の進め方も変化していかなければなりません。
●行政が、これ良かれと思って勝手に住民のニーズをつくりあげてはだめで、現地主義が徹底されなければいけないと思っています。
人間には2本の足がある、手も2つ、目も2つ、耳も2つあります。
これは、何か問題が起こっていたら自分でそこに行ってみる(足)、何が起きているのかを確かめる(目)、実際にそれに触れてみる(手)、現地の人の話を聞く(耳)ということがまず必要で、理屈を述べるのは後からでいい。
口は1つだけですから。
ところが最近はこの口が2つも3つもある「妖怪」が時々いるように思えることもあります。
「現場主義」、私はこれを職員にも繰り返し話している言葉です。
私自身も本年度は1週間のうち連続する3日間を支所で勤務し、現地の人の声を直接聞くような機会をつくりたいと思っています。
普段なかなかお会いできない、勤めの関係で夜しか時間がとれない方々とも話をしてみたい、PTA関係者とも。
あるいは現場のほうにおじゃまさせてもらうことも考えています。
私が市役所から通うのではなく、私の勤務場所を3日間支所に置き、市長室を支所に置くということです。
本庁で私に用があれば、例えば室根支所の市長室まで担当職員が出向いて決裁を受けることもあるでしょう。
これを今年初めてやってみたいと思っています。
●地域づくりを進める場合に、今「協働」という言葉がよく使われます。
さまざまな場面でこの言葉が使われており、私はこれが「言葉の上滑り」にならないよう、本物の「協働」を実現しなければならないと思っています。
地域内には様々な得意分野を持っている人がおられます。
それぞれの強みを結集すればかなり大きな力になる、これが「地域力」だと思います。
オーケストラの場合も同じことが言えると思います。
打楽器や弦楽器、金管楽器、木管楽器など違う種類の楽器があり、それぞれの分野の楽器は例えば弦楽器であればバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスとさらに細かく分かれます。
このそれぞれが違った音を出す楽器が、美しいメロディを奏でます。
そこには1枚の楽譜がある。これが地域づくりの計画書にあたります。
これがしっかりしていないと美しい曲は生まれない、コンダクター(指揮者)がいないと曲がまとまらないことになります。
これが地域のリーダーにあたります。
地域づくりは人づくりだと思います。
前段で話したように若者をしっかり地域「人財」として定着させることが必要で、人材の「材」は「財」のレベルまで引き上げていくことが私たち大人世代の役割かもしれない。
「在」の字を使う「人在」は「いるだけの人」。
「剤」を使う「人剤」は「使いようによっては薬になるかもしれない人」。
「罪」を用いる「人罪」は「いるだけで罪づくりなひと」。
地域にしっかりとした人財をつくりながら、地域の総合力を発揮できるように市役所も頑張っていくので、区長の皆さんにあっても、現場の生の声をしっかり受け止めて私たちに伝えてほしいと願っている。
今後の市政運営にご理解、ご協力をお願いして私の話を終えたいとおもいます。

ご静聴に感謝します。
(4月13日室根、14日大東、16日東山、20日一関、21日千厩、23日花泉、川崎にて)
平成22年3月23日 【認定農業者の会総会市長講話】『市長就任から半年を振り返る』(要約)

 

まもなく市長就任から半年を迎えます。
振り返ってみるとあまりにもいろんなことがあり過ぎて、あっという間の半年という実感です。
就任2週間後、職員による不正経理事件が発覚、私にとっては「突如」の出来事でした。
この対応に追われて、当初考えていたことが十分にできませんでした。
再発防止対策をつくるのに2月まで時間を費やすことになりました。
それから、磐井川堤防嵩上げに伴う駅周辺整備の見直し、駅複合ビル建設の見直しについて。
これももう少し早く、少なくても私の就任前に見直しすることを出してよかったのではないかと思いました。
合併して一関は広くなりました。
できるだけ現地を見たいと考えておりましたが、なかなか思うようにはいきませんでした。
市長の日程は休日もとれないほどで予想以上にハードですが、職員や市民の皆さんのご協力でなんとかやってこれました。

●地域づくりへの思い

市長就任後に幹部職員に対して、庁議や各種会議の場で私の地域づくりへの思いを話してきました。
一つは「住民起点」ということ。
「視点」ではなく「起点」。
視点は向こう側に行ったつもりで考えること。
起点は実際に向こう側に行って考えること、現場主義そのもの。
二つ目はスピード感をもって仕事をするということ。
私自身の行動基準としているものに「すぐやる・・・・・」があるが、先送りせずに取り組むこと。
三つ目は業務の「棚卸し」の励行。
四つ目は製造年月日ではなく「賞味期限」を意識した仕事をすること(五つ目の「カスタマーディライト」については触れなかった)。
これらにしっかり取り組めば、市役所のサービス業としての水準を高めることができると思っています。
また、市民の皆さんから「市長へのひとこと」のお手紙がたくさん届いています。
私はそれの全部に目を通しています。
ただ、せっかく貴重なご意見を頂き感謝したいと思っても、差出人が無記名のものや匿名のものが半分近くあります。
頂いたご意見などについては、担当の部へ現地確認や対策を指示したり、対応が難しいものはその理由を詳しく説明するなど御返事するように努力しております。
私から直接本人に電話したこともあるし、葉書を出すこともあります。

●地方が直面する4つの問題

県民所得が落ち込んでいます。
雇用環境も最悪の状態にあります。
人口減少に歯止めがかかっていません。
そして深刻さを増す医師不足の問題。

一関だけの問題ではないと思いますが、現在地方は、この4つの問題に直面しています。
「危機(我慢できない状態)」に直面していると表現できると思います。
なんとか我慢できる状態である「深刻な事態」とは違います。
そのような「危機」の状態に達していると思います。

このように非常に厳しい情勢にありますが、この背景には経済活動のグローバル化というものがあると考えています。
企業の生産拠点が海外にシフトしていく過程で、地方の生産工場が再編の名のもとに閉鎖に追い込まれていっています。
このことだけをみてももはや一関というレベル、岩手県というレベルで物事を考える段階ではないと思います。
もう少し大きなくくり、私は「中東北」というくくりを提案しています。
岩手県南部から宮城県北にかけての地域を中東北として位置づけて、産業振興を図っていきたいと考えております。
グローバル化の中で、国際競争社会の中で日本の経済成長をどのように維持していくかという問題があります。
これに対しては、一つには「人材の育成」が絶対に必要だと認識しています。

もう一つは地域をどう守っていくのか、即ち「地域づくり」の問題です。
人口減少社会の中で地域資源を最大限に活用していくということが必要になってきます。
人材の育成については、雇用対策と関係してきます。
昨年末にソニー千厩テック、NECトーキンが相次いで事業所を閉じました。
大勢の離職者が出ています。
会社は配置転換での方針を打ち出したけれども、それに応じる従業員は少なかったとのこと。
従業員の中には消防団員や神楽の舞い手もいます。
その人たちが配置転換で一関を離れるとどうなるか、地域の消防団活動に支障がでるかもしれません。
地域の文化の継承に支障がでるかもしれません。
このように現に職を失ってしまっている方への支援、職業訓練も大事な対策です。

それから、高校新卒予定者の就職が厳しい状況です。
求人が少なく、また、大卒予定者が従来の高卒採用市場に入ってきていることも情勢を一層厳しくさせている要因にもなっています。
このままでは、地域から地元人材がいなくなってしまい、地域の活力が失われてしまいます。
地元に就職したい、地元で生活していきたいと希望している高卒予定の若者がいる。
このような若者を100%地元に定着させたい。
今こそ人材の育成・定着が必要だと考え、22年度当初予算にもそのような観点から予算をつけました。

人材の「材」は普通は材料の「材」と書くが、高卒者はこの「人材」だと思います。
企業はこれを財産の「財」に高める努力が必要で、行政はそれを支援します。
また、何にもしない、そこにいるだけの「人在」や、使いようによっては薬になるかもしれない「人剤」、居るだけでマイナスになる「人罪」もあります。

農村地域、中山間地域(この言葉はあまりいい表現とは思っていないが)、その地域の人口が減って高齢化が進んでいます。
年老いた老夫婦2人だけの世帯が目立ってきます。
やがて、そのどちらかが亡くなり一人暮らしの高齢世帯となると、これを「孤独化」と言うそうだけれども、もはや農地を管理することもできず、耕作放棄地の拡大を招きかねません。

人口減少は今後も続いていくと予測されています。
極端な例だが、あくまでも計算上の推測で、西暦3000年には日本の人口が僅か39人という計算をしている事例もあります。
合計特殊出生率というものがあって、これが2.0以上ないと人口は減っていきます。
ところが、日本は現在1.3ぐらいしかありません。
これでは人口は減る一方で、子の代では半分、孫の代では4分の1と倍々ゲームのように減っていってしまいます。
そのような中で、地域がどのように地域の活力を維持していったらいいのか、地域の力をつけるために何をすべきかということになります。

私は「地域の総合力」というものが何よりも重要になってくると考えています。
地域の農業団体、商工団体、商店、工場、婦人団体、老人クラブ、NPO団体、行政機関、地域自治会、そして家庭…、これらすべての方々が同じ方向を向く、ベクトルを合わせることにより、一歩踏み出せば大きな力になる。
このことは地域資源のブランド化にもつながっていくと思います。
発想力、発信力、販売力にもつながっていくのです。

地域づくりに関連する話をしてきたけれども、合併してくくりが大きくなったが故に、だからこそ、それまで各地域で大事にしてきたもの、積み上げてきたもの…。
それをしっかり守っていくことが地域の力につながると考えました。
それで「地域コミュニティの自立を支援する」との施策を打ち出しています。
これからのコミュニティは、行政に対して要望するだけでなく、地域づくりの一方の当事者として地域づくりに関わりをもっていく、そのような視点が必要だと思います。

住民(市民)のニーズは多様化しています。
このことは私のところに届く「市長へのひとこと」を読んでいても分かります。
また、地域には様々な「強み」もあるのです。
これらをうまく引き出して地域の力に結び付けたいと考えます。

●地域づくりに欠かせない「協働」

これからの地域づくりに欠かせないもの、それは「協働」。
従来はどちらかというと役所が案を示して審議会などの意見を聞く、このような役所側が主導権をもった形で進められることが多かったと思います。
しかし、住民の皆さんのニーズが多様化するにつれ、このやり方ではニーズを十分に汲み取れないようになってきました。
住民の皆さんにもっと企画の段階から参加してもらい、一緒になって進めていくことが期待されるようになってきています。
今、いろんな場面でこのような「協働」のやり方が実際に動き出しています。
協働のまちづくりのアクションプラン検討委員会では公募委員を含めて65人もの委員構成で動き出しています。
今後ますますこのような場面が増えていくでしょう。
市の施策を進めるにあたって、市民の一人として「協力」するというのではなく、「一緒に考えて、一緒に進めていく」ということ。

私はこれをオーケストラにたとえることができると思っています。
オーケストラは様々な楽器で構成されている。弦楽器、打楽器、金管楽器、木管楽器…。
これらバイオリンやトランペット、チェロ、ドラム、トロンボーン、フルートその他実に様々な楽器がそれぞれの役割を担って、一枚の楽譜(計画書)の担当部分を演奏します。
コンダクター(指揮者)がそれをまとめる。
その結果、美しいメロディを奏でることができます。
そのコンダクターが市長の任務と思っています。

今、農業をとりまく情勢は、政権交代後の国の施策が打ち出されていますが、農業がしっかりしていないと地域の総合力も生まれてこないと思います。
農業は有史以来、日本というこの国を支えてきたもの。
国は、これを今一度、国の基本に据えてしっかりとした政策を打ち出していくべきと思います。
国に対して言うべきは言っていくつもりです。

また、農業を狭い意味における産業としてとらえるのではなく、より広くとらえて、例えば食料の安全保障の面から、或いは環境保全の面から、安心安全な食料の確保という面から、地域社会の維持という面からとらえていくことも必要です。
今後とも皆さんからのご意見を頂いて施策へ反映させるようにしたいのでよろしくお願いします。