開始時刻11時01分

1 市長発表事項

なし 

2 その他

【記者】FMあすもの聴取状況調査の結果について、
専用ラジオを設置している世帯数の割合は昨年より若干伸びて83.4%、
FMあすもの放送を聴いている世帯の割合が79.3%で1.9ポイント下がっています。
これについてどう思われるか、また、その対応策はあるかというのが一点目です。
もう一点は、9月6日に滝沢市民センターで新しい廃棄物処理施設について懇談された感想をお願いします。
【市長】FMあすもの放送を聴いているかということについて、
ある程度のところまでいくと数字はなかなか伸びなくなります。
これはやむを得ないと思っています。
私自身、いろいろな場面で、可能な限りFMあすもの放送を聴いてもらうように話をしてきました。
これからもその努力はしていかなくてはならないと思っています。
ただし、アンケート調査の方法について、
数字の変化を見るために毎回同じように調査していると思いますが、
調査の方法をもっと吟味する必要があるのであれば、
そこはもう少し工夫していく必要があると思いますので、
FMあすもと話し合いをすることがあろうかと思います。
一人でも多くの方に聴いていただいて、
単なるコミュニティ放送という事だけでなく、
防災情報の伝達手段としても大きな意味を持っていますので、
そこをしっかりと訴えていきたいと思います。
次に、滝沢市民センターで行われた懇談会ですが、
滝沢、弥栄の平沢地区の方々を中心とした振興を考える会の要請により足を運び、
これまでの経緯などを説明させていただきました。
今までは狐禅寺の方々にだけ説明があり、
自分たちは非常に高い関心をもっているにも関わらず周辺地域という事で詳しい情報がなかった。
これからはもっと詳しい情報を提供してほしいとのことでした。
その通りだと思います。
用地の提供があった際、
その調査をするときに要望のあった土地から800mの地域の方々には説明会などをしてきました。
地域の振興ということを考えると、もっともっと広い範囲の方々が、
例えば弥栄の平沢地区の方々であるとか、
同じ滝沢地区でも国道284号の南側の方々からも
自分たちも非常に高い関心をもっているというお話がありましたので、
これからは情報を提供していく、
あるいはそれらの地域の要請に応じて説明をするといった形をとっていきたいと思います。


【記者】先週の土曜日には水防災フォーラムが開かれました。
9月にはカスリン台風から70年ということになりますが、
防災に向けて一関市として市民と一緒にどう防災に取り組んでいきますか。
【市長】70年という節目を迎えたということは非常に大きな意味のある機会を与えてもらっているのだろうと思っております。
当時の新聞記事を時間をかけて読んだのですが、新聞記事の内容というのは臨場感のあるものでした。
実際、フォーラム冒頭の主催者あいさつの時も、
それを引用し紹介しましたが、実際に起きたことがどうだったのかということを地域の住民の方に改めてお知らせして、
何かの機会がないと当時のリアル感というものを目の当たりにする機会はないと思いますので、
何とかしてそういう機会を作っていかなければならないと思っています。
そういう面では、当時の新聞記事というのは重要な意味をもっていると思います。
例えば1階に住んでいたけれど水がどんどん増えて、2階に上がって、2階にも水が来たので屋根裏を壊して屋根に上がったと。
それでも水が増えてきたので流木を使っていかだを組んで、
その上でお産をしたという実例も紹介されました。
相当な緊張感の中で数日間を過ごされたんだなと思います。
一関のまちづくりの出発点がカスリン・アイオン台風だと思っていますので、
市民の方々にはカスリン・アイオン台風と一関遊水地事業の関連性などをしっかり伝えていくことが行政の役割だと思っています。


【記者】今日が3.11の東日本大震災からちょうど6年半です。
復興対策に広範囲にやってこられたと思いますが、
改めてこの6年半を振り返って取り組んできたこととその成果、
今後の課題についてお伺いしたいと思います。
【市長】一関の地震被害はかなり大きな規模でした。
3.11に続く4.6の余震でも被害はかなり大きかった。
その3年前に岩手宮城内陸地震がありました。
6年半経ったというよりは、9年半経ったという感じが強いです。
東日本大震災からの復旧復興ということではなく、岩手宮城内陸地震があって、
そこからの復旧復興に取り組んでようやく復旧工事が完了して
いよいよ復興に向けての取り組みだというなかで東日本大震災が発生しました。
これは連続して捉えていくように心がけてきました。
実は今年の3.11のときに、沿岸部の津波被災地の首長はどんなことを考えているかと思いました。
6年半を短いとみるか長いとみるか。
首長の思いがあると思いますが、
私は6年半が経過したわりには実際の復旧復興というのはまだまだやり残しているところがたくさんあると思います。
一関のことを考えると、沿岸部の復旧復興が優先して行われていますが、
そちらだけやっているというようにも私には見えるんです。
復興期間が満了して、これで終わりとされたのではたまらないなというのが最も強く思っているところです。
復興支援道路と位置づけられて整備が進められていくべき道路が全く進んでいないという現状があります。
特に国道343号が手つかずのまま復興が完了とか完遂というのは許せない部分があるなと思います。
「津波」という言葉についてよく市民の方々から「県が東日本大震災津波という言い方をする、
資料を見ても県の出す資料は必ず「津波」が入っている」と。
それについて移動市長室等で「なんで津波が入っているのか」と。
そのときは被害の額や犠牲になった方々の数が多いからそうなったんだと思いますと答えるしかないのですが、
宮城も福島も「東日本大震災」という言い方で「津波」は使っていません。
そこで岩手県があえて「津波」という言葉を入れて使っているということについて、
市民の方々からの問い合わせは少なくありません。
それを踏まえて、県の方にも今までのことを言ってきましたけれども、
内陸の方は後方支援だけではなくて現に被災地なんだと。
一関の場合、物的な被害、これが道路や河川だけでなく放射能汚染という大きな傷跡となって今も残っている。
そのことが「津波」ということで消されてしまいがちになっていることが少し残念だという思いはあります。
「津波」という2文字にとらわれるつもりは全くありませんが、
国あるいは県に対しては、内陸も被災地であるということ、
現に一関は復興交付金を使って事業を展開している県内で唯一の内陸の自治体でもあります。
被災者の住宅も内陸では一関だけが建設されています。
一関としてはまだまだやってほしいことが現にあるわけです。
ぜひ県の方にはそのことをしっかりと理解していただいて、
県全体が復興を求め得るような事業展開をしてほしいと願っています。


【記者】一関市のトップアスリートで強化選手にも認定された岩渕麗楽さん。
ワールドカップで表彰台はなりませんでしたが4位という好成績を収めました。
日本スキー連盟の基準によるとピョンチャンの推薦派遣選手の基準をクリアする結果だったようですが、
ピョンチャンオリンピックに一関から選手が出ることへの期待もあると思いますが、
今回の結果についてはどのように思われますか。
【市長】昨シーズンの活躍ぶりから大いに期待をしていたところです。
メダルには手が届かなかったのですが期待に応えて大きな活躍をしてくれたと思っています。
懸垂幕を庁舎に設置する予定です。
市民の皆さんに結果をお知らせしながら、
東京オリンピックに向けて今度こそメダルに手が届くよう、活躍を期待しています。

閉会 11時21分