開始時刻11時03分

1 市長発表事項

なし
 

2 その他

【記者】NECプラットフォームズの跡地取得に関して、NEC本体の新野社長とお会いする日程はどのようになっていますか。
【市長】調整中です。5月連休明けにはそういう機会を設ける予定です。
【記者】市議会でも強い関心を持っている状況です。
社長との面会後、議会に対して説明の機会を設ける考えはありますか。
【市長】NECのことだけのために説明の機会を設けることは考えていません。
NEC側が主導権を持っています。
その結果がどういう結果になるのかは全くわかりませんが、知らせるべきことは広く市民の皆さんに知らせるようにしたいという思いがあります。
【記者】4月現在、土地や建物の所有者はどうなっていますか。
【市長】一関の事業所の所有関係や管理がどうなったのかということも含め、新しい体制の中で確認をしなければならないと思います。


【記者】市民課と国保年金課の窓口業務の外部委託について、その理由と期待する効果は。
【市長】大きな流れとして合理化を図るということがあります。
正規職員でなければならない部分は残しながら、委託できる分野があれば積極的に外部委託の方法をとっていく。
もちろんそれによって市民サービスが低下するようではいけません。
市民サービスが低下することがわかっているのであればその道はとりません。
今回は市民サービスを維持した状態で外部委託が可能だという判断から踏み切りました。
【記者】外部委託をすることによって、職員の配置や人数の問題、そしてコスト面の期待についてはいかがですか。
【佐藤副市長】大きなコスト減は考えられると思っていますが、それ自体が大きな目的ではありません。
正規職員か臨時、非常勤職員かは別として職員が担っていますが、その職員の制度も平成32年4月から変わります。
そのことを見越しての一因もあります。
大阪など、全国では先行している事例もあり、昨年度に視察に行き実地で学んできたことを踏まえた上で当市での業務委託を検討しました。
【記者】住民票や年金などを扱うようになると思いますが、特に個人情報の管理はどのように考えていますか。
【市長】厳重に管理していかなければなりません。
万全な体制を取っていきます。
【佐藤副市長】プロポーザルの中にも位置付けていますが、セキュリティーポリシーなどの様々な認定資格を有しているかどうか、事業所のセキュリティー管理をプロポーザルの中で評価をしていきます。
【記者】プロポーザルの対象になる業者は市内、県内限定となりますか。
【市長】限定しません。
【佐藤副市長】業務委託が可能な業務はもっと広くありますが、その中から一関市としてあえて業務委託しないものもあります。
例えば戸籍関係です。
業務に関して選択をした上でこれなら十分に間違いなく行える業務としたところです。


【市長】話題提供です。先週末に一関市と姉妹都市の関係にある福島県三春町に行ってきました。
毎年、滝桜の観桜会に招かれていて、今年は開花宣言の直後で一関より雪の量が多く、二分咲き程度でした。
それでも夜のライトアップは綺麗でした。
観桜会には一関市のほか、東日本大震災の時に支援をした全国の自治体のうち、埼玉県小鹿野町、愛知県愛西市や、交流のある東京の町田市の3つの市町から首長や副市長が参加していました。
小鹿野町は一関市とも縁があります。
宮沢賢治が盛岡高等農林学校に在籍していた時に地質の研究で小鹿野町に行って滞在したことがあります。
そのような経緯で小鹿野町とも交流を深めていきましょうということになっています。
町田市は、町田市内に本社のある企業が一関市川崎町内に立地していました。
現在は閉鎖しましたがそのような縁があり、町田市の工業団地で一関の食材のフェアを行うようになりました。
昨年は一関市と三春町の食材を持っていき、町田市でフェアを行いました。
また、陸前高田市の市長が町田市の生まれという縁もあり、陸前高田市も加わり今交流が進んでいるという関係です。
ですから三春町の観桜会は、偶然集まった横の関係が不思議な縁でどんどん大きくなっていると感じます。
観桜会の帰りには、宮城県岩沼市に寄ってきました。
一関藩田村家の初代藩主である田村建顕公は、一関に来る前に岩沼にいました。
もともと田村家は、愛姫が福島の三春出身ですが、伊達政宗に嫁いだことによって跡取りがいなくなり途絶えました。
愛姫の遺言には何としても田村家を再興させたいということが書いてあり、それを伊達の殿様が認め、政宗公のお孫さんにあたる宗良に「田村を名乗りなさい」と命じたことから、岩沼で岩沼藩田村家が誕生し再興しました。
その息子が一関藩主としてきたのです。
福島の三春町と一関市との関係は33年目を迎えていますが、どうしても岩沼との関係を抜きにしては一関の歴史は語れません。
岩沼に岩沼藩田村家があったのはわずか20年だけです。
あなたが田村を名乗りなさいと言われてから息子が一関に来るまでの間に20年しかなかったわけです。
何とか岩沼との関係も深めていきたいと考えています。
そうしないと福島との三春町との関係だけでは中が抜けている感じがします。
このことを三春の観桜会に行った際に私から三春町の町長に話しをし快諾いただきました。
観桜会の次の日の朝には、田村家の菩提寺である福聚寺を訪れました。
毎年お墓参りをしていて、こういうわけで岩沼も含め交流を深めていきますということを田村三代のお墓に報告させていただきました。
また、福聚寺の住職である玄侑宗久さんと懇談をしてまいりました。
田辺市の本宮との交流のほか、新宮市とも交流を深めていかなければならないと思っています。
新宮市は一関市だけではなく気仙沼市とも友好関係を築きたいというリクエストもあります。
一関は新宮市から熊野の神様がやってきたことと関連し、歴史的な繋がりがあるところですから、本宮だけではなく新宮とも交流を深めていかなければならないと思います。
一関の西と東、今まで交流を深めてきたところと更にそれをより正確なものにしていくため、交流の太さを短期間で広げていきたいと思います。
【記者】岩沼市や三春町とは具体的にどのような交流を計画していますか。
【市長】まだそこまで考えていません。
岩沼市と三春町とはほとんど行き来のない状態です。
もちろん三春町も岩沼市との関係を積極的に進める理由はありません。
愛姫が政宗に嫁いで、愛姫が田村家を再興してほしいという遺言を書きそれが実った。
たまたまその時に伊達家の方から「あなたが田村を名乗れ」と言われた人間が岩沼にたまたまいたというだけです。
深い結びつきがありません。
結果として、一関に一関藩田村家ができ、田村のお殿様が一関に来たということ。その繋がりの中でどうしても岩沼市が中に入ってこなければ繋がらないということです。
一関がお世話役を買ってでたということです。


閉会 11時26分