特集 地域医療
医師を守る、
地域を守る。
全国的に地方の病院勤務の医師が不足している中
県立病院をはじめとする市内の病院も医師不足が深刻な状況です。
中でも県立千厩病院の医師数の減により
市内東部の医療環境が急激に悪化しています。
医師を守ることは、地域を守ること。
本号では、地域医療の現状をお知らせするとともに
医療を支える医師を守るために必要なことを考えます。
1.地域医療の現実を知る
勤務医不足により休診や閉鎖が相次ぐ地方病院。
岩手では地域医療の中核を担う県立病院の医師数が減少し、本市の医療環境も悪化しています。
医師不足と制度改正 過重労働により疲弊する医療現場
現在、全国の医師数は約28万7000人(平成20年末現在)。
その総数は年々微増していますが、日本は人口1000人当たりの医師数が2.1人と、OECD(経済協力開発機構)30カ国の中で、27位。
日米欧の主要7カ国(G7)の中では最下位と、国際的には極めて少ない水準です。
現場での医師不足、特に地方病院の勤務医の不足は深刻で、診療科目の休診や閉鎖を余儀なくされている病院が増えています。原因の一つが、平成16年から始まった「新医師臨床研修制度」の導入。
それまでは大学卒業後、医師の大半が大学の医局に入局して研修することが常態化していましたが、個人で研修先を自由に選択できるシステムに大きく変わりました。
このため新人医師が大学病院を離れる状況が生じ、大学が医師不足になり、大学はこれまで各病院に派遣していた医師を引き上げ。
そのことで、地方病院の医師が不足する、という事態が生じました。
医療の高度化、専門化、患者ニーズの高まりにより、医師の仕事量は年々増え続けています。そのような中、「とりあえず安心」と大病院を利用したり、安易な夜間や休日の救急病院の利用などにより医師の勤務状況はますます過酷に。
過重労働により退職する医師が増加し、残った医師にますます負担がかかる―という負のスパイラルが、医師不足を招いているといわれています。
岩手を支える県立病院 役割分担と連携で新たな形を模索
山間へき地が多い広大な県土を有する岩手県。
その中で岩手県医療局が運営する県立病院は21病院4地域診療センターからなり、高度で専門的な医療の提供から市町村立医療機関への診療応援、交通事情や医療事情に恵まれない地域での病院や診療所の運営など、大きな役割を果たしてきました。
しかし経常収支が年々悪化。
経営改善のため21年2月、県医療局は「県立病院等の新しい経営計画」を策定しました。
二次保健医療圏(※)を基本とした役割分担のもと、それぞれの病院機能や特徴を強化することで、医師不足の解消や経営の安定に取り組んでいます。
県立病院の常勤医は、15年度末の535人から、19年度末には507人と、5年間で28人の減少。
地域別、診療科別での偏りもあり、県北・沿岸部や産科・小児科など救急の呼び出しや医療訴訟の多い診療科に従事する医師が少なくなっています。
3病院で医師が減少 厳しい状況が続く市内の県立病院
磐井、南光、千厩、大東の4つの県立病院が立地する本市。
そのほか、両磐地方では独立行政法人国立病院機構岩手病院、藤沢町が運営する国保藤沢町民病院、医療法人が経営する4つの病院のほか、69の開業医、市が運営する猿沢、室根の両診療所が地域の医療を担っています。
その中で、両磐地方の基幹的な医療機関と位置づけられているのが20の診療科、315床を有する磐井病院。二次保健医療圏の基幹病院として高度で専門的な医療が提供されています。
千厩病院は地域の総合的な医療機関としての機能を担っています。
また、磐井・千厩の両病院は24時間体制で救急患者を受け入れています。
4つの県立病院の常勤医師(初期研修医含む)数は、15年度末と21年度末で比較すると、▽磐井病院で46人から61人▽南光病院で15人から7人▽千厩病院で15人から8人▽大東病院で5人から4人―と、磐井病院を除き減少。常勤医師の不在に伴い、磐井病院では眼科と呼吸器科が、千厩病院では整形外科、産婦人科、眼科が休診しています。
入院ベッド数も、千厩病院で20年度の194床から21年4月には154床に、22年4月には114床と大きく減少しました。
花泉町では17年度まで県立花泉病院が運営されていましたが、18年度から診療所化。本年4月からは民間に移管され、施設内に特別養護老人ホームを併設した診療所として開所しました。
両磐地方の人口10万人当たり医師数は148.7人(18年現在)。
全国平均の217.5人、県平均の186.8人をいずれも下回っています。
※二次保健医療圏…入院治療を主体とした医療活動がおおむね完結する区域。なお、一次医療はかかりつけ医を中心とした地域医療、三次医療は先進的な技術や特殊な医療に関するものなどの治療
2.千厩病院の状況を聞く
医師数の減少が患者数の減、経営収支の悪化を招き厳しい状況が続いています。
その一方、ボランティアが病院を支える仕組みができつつあります。
「宮古病院の偽医師事件は人ごとではありません」と真顔で語る県立千厩病院の伊藤達朗院長。
県は医師招へいのため医師支援推進室を設置し徐々に実績を上げてきていますが、県立病院の医師招へいは基本的に各病院が主導。
そして、常勤医のほとんどは大学から個々の病院に派遣される仕組みです。
「新医師臨床研修制度により大学病院の医師が減ったことから、交通の不便な地方の病院や小規模な地域病院からの引き上げが行われ、新たな派遣ができない状態です。独自に医師を招へいするのは、現実的には大変難しい」と現状を打ち明けます。
東磐井の基幹を担うが 医師数減少により厳しい経営続く
市内東部に位置し、藤沢町を含めた東磐井(人口約5万6000人)の地域基幹病院としての機能を担う千厩病院。
内科、消化器科、循環器科など14の診察科目を持ちます(整形外科、産婦人科、眼科は休診)。
入院ベッド数は114床。
そのうち4床は両磐地方で唯一の感染症病床で、昨年の新型インフルエンザ発生時には即座に発熱外来を開いています。
現在増加傾向にある慢性腎不全の人工血液透析を月平均で延べ約700人に実施。また、東磐井地域の福祉・介護施設の協力病院・バックベッドの役割を担っています。
24時間体制で救急患者を受け入れる同院。21年度は年間4692人の救急患者を受け入れ。1日平均は14.9人で、そのうち時間外が12.2人と多くを占めます。
これらを中心となって支える常勤医は、5月現在で7人。診療科目は内科、消化器科、外科、泌尿器科です。
このほかに外来や検査を中心として、磐井病院、岩手医科大、山形大医学部などから派遣されている非常勤医師が、1週間に約20人交代で勤務しています。
「一人の医師が責任をもって診察できる患者数は、一定の医療水準を保とうとすれば限られる。それにより、外来・入院とも患者数が減少するため収支面では悪化を招く。患者数が減少したとしても依然医師の負担は大きい」と語る伊藤院長。
平日の当直は岩手医大、金ケ崎診療所、大東病院などから医師の応援はありますが、休日の日当直は同院の常勤医があたります。
「日直当直は救急外来患者と病院全体の入院患者の両方の対応で忙しい。翌日も勤務するので、連続36時間にもなります」と厳しい現状を語ります。
患者を支え、職員を支え、各種ボランティアが地域の病院を支える
その一方で、病院を支える地域の仕組みができつつある千厩病院。
その草分けが、活動歴10年を越える「千厩病院福祉ボランティアの会」です。
通院患者への自動受付機や会計機の操作補助、入院患者への本の朗読や歌、軽体操をはじめとした支援、環境整備などを行っています。
「以前は病院への不満ばかり言っていたものです。しかし県立病院の経営難を知り、負の財産を子供たちに残すわけにいかない。また経営難により千厩病院など地方の病院から切り捨てられるのではと危機感を持ち、できることは何かないか、と活動を始めました」と同会の藤野宣子会長。
「病院の環境が良くなるようなサポートを行っていく中で、少しでも多くの先生方が千厩病院に定着してくれれば。また病院に患者やその家族だけでなく多くのボランティアがかかわることで、病院のことを知るきっかけになるはず」と願います。
チューリップやハボタンなどがかわいらしく咲く春の同院花壇。
花を植えているのは同町内の「花めぐり勝手に応援する会」。
同会が花苗を定植し、福祉ボランティアの会が維持管理を行うという役割分担がこの数年で出来上がりました。
そして今年1月、地域医療を守るためにできることをしたいと「朝顔のたね―千厩病院を守り隊」が発足。
伊藤院長は「たくさんのボランティアにかかわっていただき大変ありがたい。一般の人との交流は病院職員にとってもいい影響が出ている」と感謝します。
今年4月、昨年度同院で臨床研修を行っていた2人の医師が常勤医としての勤務を開始。
岩淵美希医師は「将来は精神科を目指しているが、研修でお世話になった千厩でもっと多くの症例を経験し、医師としての力を蓄えていきたい」と抱負を述べていました。
岩手県立千厩病院
伊藤達朗院長
岩手県立二戸病院などを経て平成19年5月、千厩病院長に着任。53歳
住民が求める医療と
医療者が提供できる医療にギャップ
対話することで互いに共感を患者や地域住民との対話を大切にしたいと病院独自の医療懇談会や、地域へ出向いての出前講座などを行っています。
21年度は総合診療科の開設などもあり、3回の懇談会を開催。
医師不足などを含めて、現状をそのまま話しています。
東磐井は高齢化率が30パーセント以上。
医療と福祉は表裏一体、それを視野に入れなければなりません。
連携がうまくいかないと、退院後すぐ再入院することになったり、逆に病床がいっぱいですぐに入院したい人が入院できない状況になります。
市民の皆さんには、▽できるだけ平日の診療時間に受診すること▽検診を受けること▽自ら健康管理をすること―などを徹底してもらうことで、医師への負担が減ります。
また行政には、▽限りある医療資源の使い方の啓発▽勤務医への生活支援▽医療と福祉の連携を前提とした施策―などを望みます。
医療者は、住民によりよい医療を提供したいと思い、住民はよりよい医療を受けたいと願っています。
立場は違っていても、医療に対する考え方は基本的に同じです。対話を重ねることで互いに共感し、強い信頼関係を築いていきたいと考えています。
朝顔のたね-千厩病院を守り隊同院の医師不足解消を目指し、地域医療を守るための医療情報の学習や情報発信、医療従事者との交流を行う。会員40人。写真は左から伊藤真実さん(事務局長)、佐藤敦子さん(副会長)、遠藤育子さん(会長)、畠山とき子さん(事務局)病院がなくなったら大変
病院と住民のかけはしになり現状を学ぶことから始めたいきっかけは昨年11月、「千厩病院を知ろう~病院との交流会」に参加したこと。
現状を聞いて「このままでは病院がなくなってしまう」と危機感を持ち、まずは現状を知ることから始めようとこの1月、活動をスタートさせました。
これまで、わたしたちは医師の過酷な勤務状況も知らずに、要求ばかりしていました。
まだ何をしたらいいのか分からないので、学ぶことから始めます。
少ない人数でも、それぞれの会員が知ったことを周りに伝えていけばいいと考えています。
これまでの活動としては、3月、退任する医師に感謝する集いを開きました。
普段、診察室でしか会わない医師に患者として感謝を伝え、寄せ書きを贈りました。
医師による講演会も行われ、わかりやすい話に感激しました。
会場はほのぼのとした温かい空気に包まれ、短い時間でしたが、心と心のキャッチボールができたとうれしく思っています。
今年は、病院が行っている出前講座の開催を自治会に呼び掛けたり、先進地に出向き事例を学ぶ計画。病院と住民のかけはしになりたいと願っています。
3.医療資源を守るために
住民がすぐできること、それは医療機関の役割分担を理解して適切な診療に努めること。
一人一人の行動が、医師が定着する環境づくりにつながります。
初期治療は開業医・診療所で受診を 医療機関の役割分担
わたしたち住民にもできることがあります。医療現場の負担をできるだけ軽くすることです。
医療機関は、専門医の配置、スタッフの人員、保有する医療設備など、その診療体制によって機能や役割が異なっています。
医療機関が役割分担することで、例えば、開業医の紹介により病院で入院治療を受けたり、病院の入院患者を救命救急センターへ転院させたり、お互いに役割分担や連携をしながら地域医療を支えています。
県立病院は二次医療機関に含まれていますが、本来受け持つ救急患者や入院患者以外に軽症の外来患者も多く、このことが医師の負担を増加させる要因となっています。
地域医療を守っていくためには、医療機関の役割を理解し、限りある資源として医療機関を有効に利用することが大切です。
救急車の利用は緊急時だけに! 重症患者の搬送に影響
重症患者などを応急処置しながら、迅速・安全に病院に搬送する目的の救急車。
軽症患者による安易な救急車の呼び出しで、重症患者の救急搬送が遅れては大変です。
緊急時以外の救急車利用をなくすよう、みんなで注意し合い、利用マナーを呼び掛けましょう。
勝部 修一関市長 岩手県企画理事兼県南広域振興局長などを経て平成21年10月から現職。59歳
地元での医師育成が理想
市民は医療現場の実情を理解し
医師に感謝の気持ちを伝えよう【医師確保の取り組みは】
理想は地元で医師を育成し、定着してもらうこと。
そのための奨学金制度などを作っていますが、一人の医師が育つまでには時間がかかります。
当面は首都圏からの医師招へいの努力をしていますが、簡単ではありません。
【市民がすべきことは】まず、自分の健康は自分で守る努力が出発点。
そのうえでかかりつけ医と顔が見える関係をつくっておくことだと思います。
これにより、安易に大病院(県立)を志向することやコンビニ受診に歯止めがかかればと願っています。
【医師は過酷な勤務】
わたしたち市民も医療現場の実情に理解を深めることが必要だと思います。
人手不足の中、医師は、外来患者の対応や入院患者の診察はもちろん、緊急手術、患者への説明、書類作成、研修医の教育・指導など多忙な業務に従事しています。
お医者さんに感謝の気持ちを伝えるように心掛けましょう。一関市医師会小野寺威夫副会長 日本医科大学第一内科などを経て、平成7年から小野寺内科循環器科。現在院長。55歳
まずはかかりつけ医を持つこと
患者の努力と住民の協力で
地域の医療を守っていこう軽症患者も重症患者も同じ病院に集中すると、病院の機能がまひしてしまい、重症患者の診察が遅れるし、医師は疲れ果ててしまいます。
一人一人が受診行動を変えないと、医療崩壊という事態になります。
まずはかかりつけ医を持つこと。
夜間診療や救急診療を利用する場合、いつも飲んでいる薬や持病についてまとめたメモなどを持参することで、初めて診察する医師はずいぶん助かります。
また、夜間は十分な検査態勢がとれないことをご理解ください。
最近、日中は祖父母が預かっている子供を、親が夜間、症状の十分な把握をせずに救急窓口に連れてくることが目立ちます。
せめて症状を聞くなり説明できる人を連れて来るべき。親は子供の病気の基礎的な知識を学ぶべきです。
「とりあえず」の受診、これこそが「コンビニ受診」です。
これからは、患者の努力と住民の協力がないと医療を守っていくことができません。
これらを認識して行動することが、地域の医療を守ることにつながるのです。
医師確保のため情報提供を
市は安心・安全な地域医療確保のため、県立病院の常勤医師確保を最重点課題として、医師の招へいに取り組んでいます。
県立病院の医師確保のため、地元出身医師などの情報を収集し名簿を作成する予定です。
皆さんの家族や親類、同級生、知人などで、地元出身の医師、医学生、一関市で勤務する可能性のある医師、医学生をご存知の人は、情報提供にご協力をお願いします。
◎問い合わせ先…本庁政策推進監
上手なお医者さんのかかり方
1.かかりつけ医を持ちましょう
かかりつけ医とは、家庭の日常的な診療や健康管理をしてくれる身近なお医者さんのことです。
私たちが風邪などの日常的な病気にかかったとき、人間ドックや健診で異状を指摘されたとき、体の不調やちょっとした症状が気になるとき、わざわざ遠くの病院に行くのではなく、開業医や診療所などの「かかりつけ医」を受診しましょう。
かかりつけ医は、大病院に比べて待ち時間が短く、受診の手続きも簡単で、じっくり診察してくれます。入院や高度な検査が必要な場合などは、適切な病院と診療科を指示、紹介してもらうことができます。
2.診療時間内に受診しましょう
病気やけがなどで医療機関にかかる場合は、なるべく診療時間内に受診しましょう。
夜間診療は、救急や緊急時のみの受け付けとなっていますので、軽症のときは症状を見ながら、翌日の診療時間内に受診しましょう。
本当に必要な人が、必要なときに受診できるよう、コンビニ感覚での夜間受診を控えるようにしましょう。
時間内に受診することは、医師の負担を軽くするほか、専門医の診断や検査を受けることができるメリットがあります。
病院にかかる場合には、事前に予約制かどうか診療体制を確認することが必要です。
3.休日や夜間の受診は当番医を利用しましょう
休日や夜間に具合が悪くなったときは、両磐地域の休日当番医や小児・成人夜間救急当番医を利用しましよう。
【休日当番医】
診療日:日曜・祝日、年末年始
診療時間:午前9:00~17:00
【小児・成人夜間救急当番医】
診療日:平日(月曜~金曜)
診療時間:18:00~20:00
*当番医は変更になることがありますので、事前に医療機関に電話で確 認してください。
*当番医は、市役所や消防本部のほか、広報いちのせき、市ホームページ、当日の新聞でも確認できます。
「地域医療応援隊」を募集
県南広域振興局保健福祉環境部では、新たな地域医療の姿を住民参画で構築したいと「地域医療連携事業」の企画提案を募集します。
■内容
NPO、ボランティア団体などにサロンの開催や医療ボランティア、地域医療のイベント開催など、地域住民の医療機関適正受診に対する意識啓発の向上に役立つ企画を企画提案してもらい、優れた企画については事業委託し、住民参画型の事業活動を展開するもの
■対象
県南広域振興局管内に所在するNPO、ボランティア団体など
■事業費
1件につきおおむね15万円以内(消耗品費、謝金、通信費、旅費など)
■期間
平成22年度内に事業が完結するもの
■応募手続き
- 所定の応募様式による企画提案書と予算書のほか、団体の概要書(組織・構成員等がわかるもの)過去の活動実績書を提出してください(様式は県南広域振興局保健福祉環境部ホームページに掲載しています)
- 応募書類は、一関保健福祉環境センター(合同庁舎内)に提出(郵送可)
■受付期限
6月15日 火曜
※消印有効
■応募先
一関保健福祉環境センター
〒021-8503 一関市竹山町7-5 電話0191-26-1415
◎問い合わせ先
県南広域振興局保健福祉環境部 電話0197-22-2831
(広報いちのせき 平成22年6月1日号)