第1特集 酒を造り、地域をつなぐ どぶろくに夢かけて3
「日常」を「最上に」 都市と農村の交流を推進
真新しい酒工房で、初仕込みを終えた静雄さん。
目指すは、どぶろくを通した地域振興。
古里の大地で、グリーンツーリズムを推進することだ。
ここにしかない地の酒
「あんちゃんのどぶろく」は、さわやかな酸味とクリーンでやさしい口当たりが特徴。
ぐいっと飲めば、体の隅々まで染み渡るようにうまい。
「水、米、酵母、藤沢ならではの気候、風土などにこだわり、ここでしか造れないどぶろくを目指したい」と静雄さん。
自身が経営する「観樂樓」で宿泊客に振る舞うほか、藤沢町の「ペンション・グリューンボーデン館ケ森」や「館ケ森高原ホテル」、千厩町の「レストランClades」(クラデス)や「スナックエルシド」でも提供する。
さらに、夏の風物詩藤沢野焼祭で振る舞い、「祭りを盛り上げたい」とも。
グリーンツーリズムを推進
田舎の自然、食、文化、歴史などは、いずれも長い年月をかけてつくられてきた。
都市と農村の交流「グリーンツーリズム」のだいご味は、本物の田舎暮らしを丸ごと体験できることだ。
グリーンツーリズムは、長期バカンスを楽しむ人が多いヨーロッパで普及した旅のスタイル。
「農山漁村で農林漁業を体験したり、その土地の自然、文化に触れたりしながら、地元の人々と交流する旅」だ。
都会の喧噪(けんそう)から離れ、自然豊かな田舎で過ごすことは、心身の癒やしにもつながり、日本でも「新しい旅のカタチ」として関心を集めている。
ホストの田舎が準備するものは「普段着のおもてなし」。
訪れた人を客としてではなく、家族のように迎える、それがグリーンツーリズムの流儀だ。
観樂樓のおもてなし
周囲を緑に囲まれた「観樂樓」は、都会では体感できない癒やしの宝庫だ。
黒光りする床にどっかりと腰を下ろし、囲炉裏を囲んで一杯やれば、もうそこから動きたくなくなる。
地の食材をふんだんに使ったボリューム満点の旬の料理に箸を伸ばせば、身も心もとことん癒やされる。
心から喜ばれる「おもてなし」とは、豊かな時間をどれだけ持つことができるか、ではないだろうか。
最上の空間より、むしろ「最上の時間」が重要だと思われる。
静雄さんは「観樂樓を利用する人は、ほのぼのとした時間を求めてやって来る。家庭的な団らんや普段着の田舎暮らしを望んでいる。だから『いらっしゃい』より『お帰りなさい』が、ここでは最上のおもてなし」とにっこり。
さらに、「作物を育てたり、山菜を採ったりすることで、観光旅行では得られない地域への愛着が生まれるようだ。『第二の古里です』って言ってくれるリピーターも少なくないですよ」と自信をのぞかせる。
地域活性化の呼び水に
豊かな自然、美しい景観、清浄な水、澄んだ空気、新鮮な食材など、私たちが日常見ているもの、触れているもの、食べているものは、それ自体田舎の魅力として評価を受けている。
地元の米と水で造るどぶろくもその一つ。
地域によって味わいに違いの出る酒は、言い換えれば、最も独自性を打ち出せるテーマ。
グリーンツーリズムとも縁が深い。
自身が理事長を務めるNPO法人「とーばんふうどくらぶ」はグリーンツーリズムの推進組織。
地域資源を生かした地域活性化にさまざまな角度からアプローチしている。
04年にどぶろく特区に認定された宮崎県三股町は、特区認定を機に、農業とグリーンツーリズムを融合した独自の「どぶろくツーリズム」を展開する先進地。
焼酎「黒霧島」を世に出した酒造りの達人桑畑雅博さんの協力で完成したどぶろく「百姓の微笑み」を軸に、「どぶろくジェラート」や「どぶろく大福」などさまざまな商品を開発・販売しながら、グリーンツーリズムを推進する。
静雄さんは「どぶろくを地域活性化の呼び水にしたい。生産が軌道に乗ったら、どぶろくを使った加工品にも挑戦した
い」と早くも次のステージを視野に入れる。
先進地に学ぶ特区の可能性
宮崎県三股町
農商工が連携して、地域資源のどぶろくを共有
三股町は04年12月、当時、九州初の「どぶろく特区」に認定された。
日本最南端の特区で、観光や物流など町の活性化に大きな期待が寄せられた。
平成の大合併で周辺市町村の合併が進む中、独立独歩を決めた本町は「三股町独自の突出したもの」で活性化を図り、元気をアピールしようと試みた。
具体的には、温暖な気候と豊かな自然を生かした農業に加え、陶芸や乗馬などを体験できる「体験型グリーンツーリズム」を推進。
そこに、これぞ町の特産品というどぶろくを組み合わせて「三股町独自のグリーンツーリズム」を展開していこうというものだ。
05年、一軒の農家がどぶろくづくりを始め、経営する農家レストランで提供した。
どぶろくに合う料理の食材は全て町内産を使用、地産地消のPRも合わせて行った。
さらに、農家のメリットを生かすため、そばの収穫やそば打ちもメニューに加えた。
こうして、「三股町のどぶろく」は少しずつ認知されるようになった。
06年7月、三股町商工会はどぶろくを使った特産品づくりに着手した。
▼大福▼ミソカツ▼ドレッシング―など、30種もの試作品を開発した。
さらに、この地方の方言で「~の」を「ん」と発音することに着目し、これらの一部を商品化して、「運」のつくまちの「みまたんブランド」(みまたのブランド)として町産品をPRしている。
農商工が連携し、地域資源の「どぶろく」を共有したことで、「どぶろく特区」の価値は高まり、知名度は飛躍的に向上した。
一方で課題もある。
本町のように、一軒のどぶろく製造農家が全てを担う一点集中型では供給量に限界がある。
町全体で独自のグリーンツーリズムを確立できなければ、観光と物流の活性化やシティセールスは難しい。
商工会が開発したどぶろくを使った特産品も定着するまでには、もう少し時間が必要だ。
そもそも特産品は、長い年月をかけて愛されてきたご当地グルメやご当地グッズであり、まち全体で育てていかなければならない。
そのためには、どぶろく製造農家や商工会だけでなく、町民がどれだけ自分のまちを知っているか、どれだけ自分のまちに興味があるか、どれだけ自分のまちを愛しているか、そこに町全体が目を向けなければ、地場産品を特産品へ進化させることは難しい。
「どぶろくのまち」をシティセールスするために、▼新規どぶろく製造農家の発掘▼グリーンツーリズムを担う人の育成と提供する場所の創出▼町民のふるさとへの愛情の醸成―は欠かせない。
これらが、連携してこそ三股町の観光と物流の活性化につながる。
特区認定から8年、ようやく2軒目のどぶろく製造農家が誕生しようとしている。
彼らと地域が、町民が、どのようにかかわっていくのか。
日本最南端のどぶろく特区の未来はそこにある。
文・写真 三股町地域政策室 新原正人
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5 | 1_どぶろく「百姓の微笑み」。「黒霧島」を世に出した酒造りのスペシャリスト桑畑雅博さん(三股町在住)の全面協力で出来上がった/2,3_三股町のどぶろく製造農家第1号の木下行春さん家族。家族で農家レストラン『百姓屋』、グリーンツーリズム客用宿泊施設を経営。「一粒の種を百粒に増やし、百人を幸せにできるから百姓」と誇りを持つ/4_ホワイトチョコとどぶろくの相性が抜群の「どぶろく大福」はおみやげ人気ナンバーワン/5_どぶろくのほのかな香りとなめらかな食感が人気の「どぶろくジェラート」 |
いちのせきの広報誌「I-style」2月1日号