長年にわたって各分野の進展に尽力、その功績が認められて平成24年秋の叙勲を受章した皆さんです。

旭日小綬章阿部克郎さん

地方自治功労 元一関市議会議員
阿部克郎さん あべ・かつろう 79 石畑

地元から推され30歳で一関市議に初当選。
1964年から03年まで10期40年にわたって市議を務めました。
この間、96年1月から02年3月まで6年余りにわたって議長を歴任しました。

使命感と情熱にあふれ、あらゆる場面でリーダーシップを発揮。
「どんな場面でも、語りやすい雰囲気をつくることと、みんなの意見を引き出すことに努めてきた」と振り返ります。

一関遊水地事業による水害対策、農地基盤整備や道路公共施設整備など諸課題解決の先頭に立ち、時に調整役として市政発展に大きく貢献しました。
また、現在も学校法人一関学院理事長、照井土地改良区理事長を務めるなど勢力的に活動しています。

受章に当たり「私自身の努力というより、時代や周りの人たちに恵まれたからとつくづく感じている。みんながつくってくれた叙勲」と感謝しています。

旭日小綬章佐藤守さん

地方自治功労 元藤沢町長
佐藤守さん さとう・まもる 79 藤沢町

「住民と共に生きるための仕組みを築いていくのが住民自治。それに尽きる」と住民主体のまちづくりを掲げ取り組んだ多くの施策の源を振り返ります。

中学校教諭を経て1972年から7年間、旧藤沢町助役、79年から06年まで町長を連続7期務めました。
この間、県町村会長も2期務めました。

町内全ての集落に自治会を結成し、住民自治を強力に推進したほか、国県営事業を導入した大型プロジェクトで「藤沢型農業」を推進しました。
93年には、国保藤沢町民病院を開設して保健・医療・福祉が連携した地域包括ケアを実践し、住民の命と健康と暮らしを守りました。

受章に当たり「政治や行政は一人ではできない。受章は光栄だが、まちづくりという共同作品に携わったみんなのもの」と語ります。
さらに、「合併して大きくなったからこそ、各地域の個性を大事にしたまちづくりが重要」と話しています。

瑞宝小綬章岩渕守さん

教育功労 元公立高等学校長
岩渕守さん いわぶち・まもる 79 花泉町

1958年に岩手大学芸学部を卒業。
県立教育研究所を経て一戸、黒沢尻北などの高校で教壇に立ち、94年、盛岡北高校長を最後に定年退職しました。
この間、88年に開校した不来方高では教頭として、普通科のほかに音楽、芸術など5つの学系を整えました。
89年は花巻南高校長として男女共学への移行や校舎移転などの改革を進めました。
「生徒たちの成長を見るのが生きがい」と振り返ります。

受章に当たり「驚いた。生徒や支えてくれた家内のおかげ」と感謝しています。

瑞宝双光章小野寺幸次さん

労働行政事務功労 元盛岡労働基準監督署長
小野寺幸次さん おのでら・こうじ 86 関が丘

1947年、岩手労働基準局に入局。
県内の各労働基準監督署で労働安全衛生指導に当たり、84年に盛岡労働基準監督署長を最後に退職しました。
入局した年に労動基準法が施行され、法律の啓蒙活動に力を尽くした当時を「労働民主化の夜明け」と振り返り、「働く人を守る職場の安全衛生管理の徹底が労働者の幸せにつながる」という信念で労働基準行政に取り組んできました。

受章に当たり「苦労の甲斐があった」と喜び、「家内には本当に感謝している」と話しています。

瑞宝双光章菊地保さん

教育功労 元公立小学校長
菊地保さん きくち・やすし 79 千厩町

1952年に着任した小梨小学校を皮切りに浄法寺町立岡本小、奥玉小、清田小、摺沢小などで教壇に立ち、94年、千厩小校長を最後に定年退職しました。
一時、東磐井教育事務所に勤務。
その後、南小梨小、松川小校長を歴任。
一番の思い出は「子供たちとのふれあい。成長を実感できる場面に何度も立ち会えたことがうれしかった」と振り返ります。

受章に当たり「みんなが喜んでくれた」と語り、「私でいいのかという思い。同じ職場で一緒に頑張ってくれた仲間のおかげ」と喜びをかみしめます。

瑞宝双光章佐藤昭雄さん

郵政事業功労 元特定郵便局長
佐藤昭雄さん さとう・あきお 74 藤沢町

40年余りにわたって郵政業務に尽力。
初任地の藤沢郵便局に約20年勤めた後、陸前高田局、摺沢局を経て1989年から02年3月まで小梨局長。
局長時代は県南部特定郵便局長会副会長などを務めました。
後半は、職員の指導や顧客が利用しやすいよう「明るい職場づくりに取り組んだ」と振り返り、「単身赴任先や転勤先では、多くの人たちの世話になった」と転勤時代を懐かしみます。

受章に当たり「多くの先輩、同僚や家族の支えがあったから」と感謝しています。

旭日単光章福西正樹さん

薬事功労 元県医薬品配置協議会副会長
福西正樹さん ふくにし・まさき 77 末広

1970年に県医薬品配置協議会理事に就任。
82年から12年間、同協議会副会長を務め、会員の資質向上や地域の保健衛生向上に尽力しました。
地域での薬物乱用防止啓発活動にも率先して取り組み、協議会創立40周年記念誌編集委員長として団体の広報活動にも心血を注ぎました。
特に薬物乱用防止活動は20年間続け、健全な地域づくりに大きく寄与しました。

受章に当たり「家内の助けがあったから会務に従事できた。まさに内助の功。叙勲は家内にあげたいくらい」と話しています。

瑞宝単光章加藤啓二さん

国勢調査功労 元国勢調査員
加藤啓二さん かとう・けいじ 78 大東町

家業の小売業に従事しながら、国勢調査11回、農林業センサス11回をはじめ計49回もの統計調査に携わりました。
このうち国勢調査は1960年10月から50年にわたって調査し、「統計調査は日本経済発展のために、なくてはならない重要な情報」と調査票を回収できない家庭には何度も何度も足を運んで、その責任を果たしてきました。

受章に当たり「健康であればこそ半世紀にわたって続けることができた。これも家族の支えのおかげ」と感謝しています。

 

瑞宝単光章小岩丈郎さん

職業訓練功労 一関職業訓練協会長
小岩丈郎さん こいわ・ともお 74 青葉

1971年に一関職業訓練協会が運営する一関高等職業訓練校の指導員となり、ブロック施工や測量などを担当したほか、県内初の「建築設計科」開設にも尽力。
04年から会長兼校長を務めています。
「職人は勉強とやる気が大事」をモットーに、生徒たちを厳しくも愛情を持って指導。
一人前になった姿を見ることに喜びを感じています。

受章に当たり「家族や協会の皆さんのおかげ」と感謝し、「これからも技能に誇りを持てる人材を育てたい」とさらなる意欲を見せています。

瑞宝単光章千葉進さん

消防功労 元一関市消防団副団長
千葉進さん ちば・すすむ 78 北豊隆

消防団員だった父の影響で1967年、当時の一関市消防団第1分団第4部に入団。
09年3月に退団するまで42年間にわたり地域の防火、防災に取り組みました。
水害常襲地一関の被害軽減を図ろうと、水防工法技術の向上に尽力しました。

08年の岩手・宮城内陸地震の際は、災害対策本部で不眠不休の活動に当たりました。

受章に当たり「消防団に入ってから、いいことばかりだった。
受章は家族はもとより、消防関係者や地域の方々のおかげ」と感謝しています。

広報いちのせき「I-Style」 平成25年1月15日号