地域に合った住民が求める医療 これからの医療の在り方を追う

長い間、医療過疎に泣いた町に、一人の医師が赴任した
医療に必要なのは、医療前後のサポートの充実
「病気を診る」から「暮らしを見る」への転換だった
保健・福祉と連携した地域包括ケアの正体に迫る
変化し続ける地域医療
その先端をゆく

市役所藤沢支所周辺には地域包括ケア施設がずらりと並ぶ。
一関市病院事業は、市民の健康増進を促し、医療と介護サービスを提供する公営企業として位置付けられている。
保健・医療・福祉を連携させることで予防、治療、療養や介護までを一体的にケアするもので、高齢社会を見据えた取り組みを展開中だ。

この病院事業を管理するのは一関市国民健康保険藤沢病院の佐藤元美医師(57)。
佐藤医師は、千厩町出身で自治医科大学医学部(栃木県下野市)を卒業後、県内の県立病院を経て、同病院に着任した。
長きに渡って医療施設に恵まれず、医療過疎地だった藤沢町を地域医療の先進地とした実績は誰もが認め、尊敬する存在となっている。

誰よりも住民の健康と暮らしを考える佐藤医師。
「住民と意見交換をしながら、昨日ではなく今日の住民に一番合った医療に組み替えなければいけません」と時代の流れと共に変わり続ける地域医療を考える。

保健・医療・福祉の
一元化体制を確立

町にあった県立藤沢病院は、深刻な医師不足が病院経営の障害となり、68年3月に廃止。
毎日のように救急車が町役場の前を通り過ぎ、町民が町外の病院に運ばれていった。

88年度に亡くなった町民の7割以上が町外の病院や施設で亡くなった。
「年を取っても、病気になっても、最期まで暮らせる町でなければ本当の古里とは言えません」と佐藤守元町長は町立病院建設を決意する。

佐藤町長の誠意と情熱は、やがて全町へと広がりを見せ、県を動かした。
国保藤沢町民病院建設の正式な許可が下りたのだ。
町は「地域に密着して福祉と連動した医療を担う」という理念を理解してくれる医師を探した。

その時、巡り合ったのが佐藤医師。「医療の前後(前=早期診断や予防、後=退院後の生活を支える仕組み)を充実させなければ、住民の幸せにはつながりません。
保健と福祉の支えなくして住民本位の医療は提供できません」と毎日の診療の中で、医療だけでは解決できない問題が多いことを痛感していた。
それは、保健・医療・福祉の一元化体制を確立したい町の考えと合致。
佐藤医師は町立病院の創生を担う決意をした。
こうして93年7月、国保藤沢町民病院(佐藤元美病院長)が待望のオープンを迎えた。

生活を支える
訪問医療が必要

藤沢病院は、保健・医療・福祉を連結させて暮らしを支える医療を提供するための一つに、訪問医療を展開した。

藤沢病院の病床数は54床。
決して多いとは言えない病床数に佐藤医師は「治ったら帰ってもらわなければいけません。その後の通院が大変な状態で帰る人が出てしまうが、それを良しとしなければ今、入院している人だけで、救急も受け入れられないのです」と病棟運営上、入院できる人が限られる現状を話す。

訪問医療は遠隔地に出向くことが多い。
外来診療で1人の医師が午前中に20人程度診察できるのに対し、訪問医療は2~4人と効率が悪いことは必然的。
それでも医療は提供できる。
ただ長命にする医療ではなく、その人の暮らしを支える医療を考えると絶対に必要だった。
訪問医療は、病床数を町内にあるベッドの数だけ増やすことができる。

医師のやりがいと
暮らしの質はリンクする

訪問医療を続けるためには人手が必要だ。
医師不足が叫ばれる中、どうすれば医師が確保できるのか。
現在の制度では、医師が本人の意向なしにその病院に勤務することはない。
行きたい病院にならなければ医師は来ない。
都会の人気病院とは違って、地方の病院にはハンディキャップがある。
それを乗り越えるだけの魅力がないと医師は集まらない。

「勉強になる、楽しい、やりがいがある―。医師が治療して良かったと感じるのは、病院でずっと寝ている患者を見ることではありません。家族と一緒に暮らしたり、近所付き合いをしたりすることで、楽しく暮らしている顔が見えないとつらいのです」。
それができた時、医師はやりがいを感じるのだという。

それは、患者にとっても同じことだろう。
ただベッドに寝ていることは苦痛以外の何物でもないはずだ。
入院と在宅では暮らしの質が異なる。
不本意ながら長い入院生活をしている人の、その人らしい暮らしを取り戻す、支える医療でなくてはならない。

医療前後のサポートで
役立つ医療へ

今までの医療は、介護と予防を切り離し、医療だけを地域に提供することが主流だった。
しかし、超高齢社会を迎える地域では、純粋に治療するだけの急性期医療の必要性は狭まる。
医療が暮らしに役立つものであるためには、介護と予防の連携がなくてはならない。

例えば、肺がんの3分の1から2分の1は喫煙が原因で起こる。
早期診断、早期治療より大事なことは禁煙して予防することだ。

「防ぐ方法があるにも関わらず、発病するのを待っていてはだめ。治すことや見つけることより、病気にならないように予防する。予防が加わることで治療の意味は大きく変わります」と言い切る。

治療後のケアも重要だ。
術後の支援があってこそ、治療して良かったと思えるのだ。

コミュニティーと
医療の在り方を見つめる

これからは、「病院に入ればなんとかなる」という医療からできるだけ入院せずに治療を継続することが求められる医療に移り変わる。
今まで以上に、訪問医療などにシフトすることが必要だ。
患者が病院に行くから病院が出向いて患者を支える。
そうすることで、新しい暮らし方やコミュニティーをつくることもできる。

「地域と医療が共に生き方を考えられるコミュニティーをつくっていければ、年をとることや徐々に体が弱ることの恐怖感は軽減できるはずです。地域、家族、病院が手を差し伸べてくれて、自分らしく生きてゆけるのだと感じることができたら、きっと将来の不安は軽くなるのではないでしょうか」。

これからの地域医療は、住まいのありよう、家族のありよう、地域社会のありようが一層密着した関係になっていく。

入院から在宅へ―。

家族のように身近な医療で包み込み、新しい医療のある暮らしを共に生み出す。
それが新しい医療のカタチだ。

佐藤元美 医師
佐藤元美 医師

profile

さとう・もとみ
1955 年千厩町生まれ。1973 年県立千厩高卒、自治医大医学部入学。
1979 年自治医大医学部卒、県立宮古病院勤務。1985 年県立久慈病院内科医長。
1992 年藤沢町福祉医療センター所長。1993 年国保藤沢町民病院院長。
2005 年国保藤沢町民病院管理者。2011年一関市病院事業病院事業管理者

一関市国民健康保険藤沢病院
一関市国民健康保険藤沢病院
〒029-3405
岩手県一関市藤沢町藤沢字町裏52-2
■診療科目 内科、小児科、外科、整形外科、放射線診断科、禁煙専門外来、健康増進外来(糖尿病専門外来)
■病床数 54床
TEL0191-63-5211/FAX0191-63-5484
http://www.echna.ne.jp/~fmh/

広報いちのせき「I-style」7月1日号