開始時刻 午前11時
市長発表事項
- 令和8年8月2日の大雨による被害状況等について
市長
令和8年8月2日に発生した大雨の被害状況について取りまとめたので発表する。被害状況は、令和8年8月21日(金)午後5時15分現在で、被害総額は275,526,000円となった。
主な被害概要は、床下浸水が住家1棟、非住家5棟、道路通行止めが市道63路線で発生した。公共交通機関は市営バスが一部区間で迂回運行をした。農地・農業用施設の被害は、水田15か所で被害額は21,380,000円、水路・農道等は17か所で4,990,000円、林業施設は林道・私有林が21か所で19,980,000円、農畜産物等は農作物が288.5ヘクタール130,540,000円で、被害額の9割が水稲である。公共土木施設は市道148か所で71,190,000円、河川が40か所で24,500,000円、学校・社会教育施設は、2か所で2,846,000円、その他の市所有施設等は集会施設が2か所100,000円で、合計は275,526,000円となる。
災害対策本部等の設置状況は、8月2日午前1時35分にレベル4土砂災害危険警報の発表に伴い災害警戒本部及び支部を設置し、同日午前9時に災害対策本部及び支部へ移行した。8月3日午前6時に災害対策本部及び支部を廃止し、同日午後5時に災害警戒本部及び支部を廃止した。
人的被害はなく、緊急安全確保、避難指示及び高齢者等避難の発令はしなかった。令和8年5月に気象情報の運用の改正があったが、その関連では緊急安全確保はレベル5相当、避難指示についてはレベル4相当、高齢者等避難についてはレベル3相当の気象情報が発表されるものであるが、一関市にあってはレベル5相当の発表はなく、レベル4とレベル3は発表されたが、市が発する避難指示と高齢者等避難は発表しなかった。時間帯や現場の状況などから判断したもの。
避難の状況は、川崎地域の1か所に自主避難所を開設したが、避難した方はなかった。8月2日の午前10時に開設し、同日午後9時に閉鎖している。
停電及び断水はなかった。
市道の通行止めは8月4日午後5時に全路線で解除している。市営バスの一部区間の迂回運行は藤沢小学校前から一ノ関駅前である。
学校教育施設の被害内容は倒木による舞川中学校のトイレ棟の屋根が損壊したものと、藤沢スポーツランドモトクロスコースの法面の土砂流出である。その他の市有施設等は自治会所有の集会施設への土砂流入、床上浸水である。
以上が被害の状況となる。
一部農作物について調査中であるので今後数値の変更がある。被害状況の的確な把握に努めたい。必要に応じて補正予算を編成する。財源については国や県の補助事業を導入するほか、必要に応じて国や県へ要望する。
記者
被害額の半分以上が農作物だが、内訳を教えてほしい。
小野寺農林部長
水稲が262ヘクタール、牧草が12ヘクタール、大豆10ヘクタール、その他、トマト、ジャガイモなどの園芸作物である。
記者
被害があった地域は北上川流域か。
小野寺農林部長
北上川流域では、一関地域の舞川地区、川崎地域の薄衣地区、藤沢地域の黄海地区、花泉地域の日形地区が主な冠水地域となる。
記者
北上川の流域は内水の被害となるか。
小野寺農林部長
舞川地区は北上川の本流で圃場が影響を受けている。そのほかは水門を閉めたことに伴う内水による被害となる。
記者
遊水地がなかった場合との被害の比較をしているか。
間山建設部長
遊水地の小堤がなければ1,450ヘクタールの農地が浸水したと想定される。小堤の整備により1,200ヘクタールの農地が守られたことになる。
記者
第2遊水地が広く冠水したが、なぜ第2遊水地が広く冠水したかという理由を把握しているか。
市長
岩手河川国道事務所で調査中とのことだが、考えられるのは河川の形状や水流の強さなどが影響しているようだ。調査の結果はまだ出ていない。
記者
農地の復旧は河川事業として行うことになるのか。
小野寺農林部長
遊水地内の農地災害の復旧については、堆積した土砂の量に応じて、河川管理者が行うか、農地の所有者が行うことになる。土砂の量が1,000立方メートルを超えた場合は河川管理者が対応することになる。
間山建設部長
土砂や流木が流入すれば災害復旧事業として処理するが、今回は土砂の流入はなかった。
記者
農作物の被害に係る補正予算は9月議会で提案されるか。
小野寺農林部長
農作物については、被害の状況に応じてどのような対応をしたかということを調査中なので、判明してから予算計上するかどうか検討する。
記者
遊水地が想定どおりに機能したと思うが、それについての所感を聞かせてほしい。
市長
7月に供用開始となり最初の大きな被害となった。雨量は過去5番目に多かったが、小堤ができたことで北上川からの越流をかなり防ぐことができた。一昨年(令和6年)は緊急的に水門を操作して農地の被害を免れたが、今回は正式な供用開始を受けて、水害、洪水からの防御という役割を果たした。一部越流したところについては、国土交通省で調査するので、しかるべき対策が講じられると思う。
その他
記者
国勢調査の推計人口が10万人を下回ったが、10万人を下回るスピードが早かったか、遅かったか市長の所感を聞かせてほしい。
市長
国勢調査をベースとした推計人口と住民基本台帳の人口とがあるが、国勢調査を基にした推計人口が10万人を下回った。いずれは10万人を下回る日が来るということは想定されていたことで、ほぼ想定どおりだった。
記者
2055年までには5万人を維持するという方針に変わりはないか。
市長
これまでの人口減少の基調どおりに減っていく場合と、様々な施策を講じて人口減少を抑制していく場合とがあるが、人口ビジョンで描いている試算と比べると、減りが少なかった。人口ビジョンの推計はもっと減るという試算をしていた。
記者
市街地に比べて東磐井地域の減少が目立つ。総合計画では重点プロジェクトがあり、それぞれ取り組んで行くことになると思うが、東磐井地域への対策はどう考えるか。また、ILCや一ノ関駅東口工場跡地の活用などはどのように取り組んでいくか。
市長
一関市の人口の動きをみると自然減が多い。直近12か月では約2,000人が亡くなっており、生まれる子どもの数は約350人から360人で、1日平均では1人が生まれ5.5人が亡くなっている計算である。このように自然減が多い傾向は、県内他市と比べて一関市の特徴的なところである。
転入転出の社会増減は、年間で400人から500人の減である。自治体として頑張っていくところは社会増に向けた取組しかない。自然増減に対する施策は国が行うべきものである。
東磐井地域については、高齢者数が多く、高齢化率が高いので人口の減り方が激しい。社会的なインフラの維持は大変ではあるが、高齢者数が多く、高齢化率が高いなど、自然減が大きいところほど、これをしっかりと保っていくことが大切だと考えている。医療、介護、福祉、子育てに力を入れているのはそのためである。
市全体として社会減を減らしていくことが重要であり、ILCや一ノ関駅東口工場跡地の活用は、市の「勢い」や「活力」を高めていくための術である。国の政策など他律的なものに左右されるが、少しずつではあるが近づいている。一ノ関駅東口工場跡地の活用については、開発事業者の公募中止などあるが、軌道修正をしながら、次の姿を描いている段階である。こうしたことの総体で人口減少に対応していく。
この地方の人口は昭和30年がピークで、8つの市町村で174,000人だった。この70年間人口が減り続けている。一関市は合併して20年になるが、合併当時は135,000人だった。50年前と直近の20年と比較して減少のスピードが速くなっており、人口ビジョンでも減少のカーブがきつくなっているが、人口ビジョンで想定していたより減り方が少なかった。分析はできていないが、これまでの取組みは間違っていなかったのではないかと思っている。
記者
今後4万人、5万人という人口規模が見えてくると、コンパクトシティのような考え方に向かうことはあるか。
市長
市独自に集計した明治22年の人口はおよそ9万人だった。この先10年後20年後の人口は、江戸時代末期から明治時代の初期と同じくらいになる。当時は交通インフラや通信インフラもない時代であるが、現在の一関市の各地に人々が暮らしていた。社会の進歩とともに日本の総人口が減少し、発展途上国を除いて世界の人口も減少局面となるだろう。コンパクトシティという理論だけを先行していくのではないと考えている。
上下水道や道路、農地、医療をどのように保っていくかが、市としての主戦場になる。ここにどれだけのコストをかけることができるか、また、社会減に対応する活力をどう生み出していくか。その2つしかなく、選択肢がたくさんあるわけではない。
記者
ネパールへの訪問は予定通りか。また、訪問の目的は何か。
市長
まだ詳しい情報がないので詳細を申し上げられないが、就労ビザではないインターンで迎え入れる人を増やしていくために関係先を訪問するほか、現地の日本語学校の訪問を予定している。
記者
一ノ関駅東口工場跡地の活用に関連し、防災大学校の誘致を掲げているが、陸前高田市、遠野市、福島市なども名乗りを上げている。一関市の優位性などをどう考えているか。また、跡地の取得と誘致の整合性について、どのように説明していくつもりか。
市長
他の自治体の状況は報道等で拝見する程度で詳細は把握していない。一関市の優位性については、交通の利便性がある。人材育成の機関なので、講師や受講生は全国から集まることになるが、新幹線の駅が近いことは利便性があるといえる。また一関市は災害や防災と関りや歴史がある。昭和22年のカスリン台風、23年のアイオン台風で大きな被害を受けた。これを契機に遊水地事業が始まった。平成20年に発生した岩手宮城内陸地震の震源地でもあり、震災遺構で救助訓練などが行われている。東日本大震災では沿岸地域の後方支援にあたり、教育、人材育成にも力を入れている。誘致しようとする土地は市が所有することになり、安価で活用していただけるという点がある。
いずれにしても国では防災庁と防災局の立ち上げ、防災大学校についても、複数ある防災に係る人材育成の機関を集約していくかなど、議論がどのように整理されていくかということがある。議論のうえに防災大学校を整備するということになれば、一関市が優れている場所であるということは申し上げていきたい。
一ノ関駅東口工場跡地の取得目的との整合性については、土地取得の際に防災大学校という固有名詞はなかったが、国や民間を問わず跡地への施設整備によって一関市全体の振興が図られるものであれば目的と齟齬はなく、整合性はある。具体的な機能としてイノベーションや公的機能と賑わいなどとも相反するものではない。
記者
防災庁の地方拠点の話があり、昨年7月に一関市では誘致の要望をした。その後に一ノ関駅東口工場跡地の開発事業者の公募を中止したが、広い土地が残ったために防災大学校に乗り換えたように見えるが、ご都合主義と捉えられないか。
市長
時系列で申し上げると、当時の石破政権が防災庁を立ち上げて、地方に拠点を整備するという動きがあった。そのころ土地開発事業者と話を進める中で、資材価格の高騰があり、厳しいという感触は得ていた。同じ時期に防災庁の地方拠点について国に出向き事務方から話を聞くと、防災庁のほかに人材育成の拠点についても整備したいということだったので、その時点で要望書を提出した。昨年の夏ごろのことである。年が明け、アメリカによるイランへの侵攻があり、3月に土地開発事業者からは厳しいという話をいただいたので、5月の公募期限の前に中止を決めたという経過である。
記者
防災大学校は防災局の附属機関の位置づけだと思うが、防災局と防災大学校をセットで誘致している自治体が多い。セットで誘致する考えはないか。
市長
防災大学校だけと考えている。国では各地にある防災関連の人材育成機関をまとめて1か所に整備するという考えのようだ。防災局の附属機関ではなく国の人材育成機関という位置づけである。防災局はいわゆる役所で、他の省庁との連携が必要となるが、仕事のしやすさで言えば一関市が適しているとは言えない。防災大学校は単体で機能する。防災大学校に求める機能など、今後、議論があるとは思う。
以上
終了時刻 午前11時50分
