県南最大規模のターミナル駅

一ノ関駅

シリーズ駅「大船渡線」の最後は、同線の起点「一ノ関駅」。

同駅は1890(明治23)年4月16日、日本鉄道の駅として開業。
東北本線の開通、一ノ関停車場の開設、そして大船渡線の開通により、人や物資を短時間で大量に輸送できるようになった。
戦前は養蚕、製糸、煙草製造、材木などの産業が活気づいた。

今回の案内人は駅長の千葉利博(としひろ)さん(53)。
2011年12月1日に着任した千葉駅長。
着任にあたって目的意識をしっかり持ったという。
この地域の発展と復興だ。
「震災で列車を動かせない時間は長くつらかった」と当時を振り返り、「列車が動き出したとき、地域のみんなが列車に手を振ってくれた。あの光景は忘れない」と語る。
「自分たちも地域のために行動しなければ―」その決意は即行動に。
駅舎と駅名の「色」を塗り替えた。
一関を訪れる人たちに世界遺産をイメージさせたいという狙いからだ。
着任3カ月でのアクションだった。
同駅は今、中東北、世界遺産そして被災地の「玄関口」だ。
「観光で復興を支えたり、復興支援に向かう人の足をしっかり確保したりすることが一ノ関駅のゆるぎない使命」と千葉駅長。
キーワードは「地域との連携」。
「みんなで知恵を出し合い地域を盛り上げたい。
そのための協力は惜しまない」とも。

2013年4月16日は一ノ関駅の「123回目の誕生日」。
新たな胎動を予感させながら、同駅は今日も人と人、地域と地域の絆を紡いでいく。

駅名を金色にリニューアル東口通路に並ぶ歓迎ののぼり
左_駅名を金色にリニューアル。世界遺産の玄関口にふさわしい風格が漂う
右_東口通路に並ぶ歓迎ののぼり。のぼり裏側には「また来てけらいねぇ」の文字が

一ノ関駅前のイルミネーション「気仙沼行き」を示す電光掲示板
左_冬の澄んだ空間に静かに輝く一ノ関駅前のイルミネーションは年末の風物詩
右_「気仙沼行き」を示す電光掲示板。多くの人が、沿岸被災地の早期復興を願ってやまない

案内人
一ノ関駅長 千葉利博さん

千葉利博さん
平泉の世界遺産登録や岩手DCで駅利用者は大幅に増えている。
観光は裾野が広い。
人、地域、企業みんなが関わり、連携して一緒にまちを盛り上げていきたい。

広報いちのせき「I-style」1月1日号