開始時刻 午前11時10

○市長発表事項

【市長】
本日は、2件あります。
最初は、市では新たに一関市スポーツ栄誉賞を創設し、先の北京2022冬季オリンピック冬季競技大会のスノーボードで入賞を果たした一関市東山町出身の岩渕麗楽選手を表彰することにします。
目的は、スポーツの分野において国際大会等で特に優秀な成績を収め、市民に感動と希望を与えたものを表彰し、その栄誉をたたえるものです。
表彰の対象等でありますが、市民または市にゆかりの深い個人もしくは団体で、スポーツの分野において、国際大会で際立った活躍、国内大会では特に優秀な成績を収め、市民に感動と希望を与え、スポーツに対する市民の関心を深めたと認められる者について、選定し表彰するものです。表彰に当たり、表彰状と記念品を贈りたいと考えています。
また、本日付でスポーツ栄誉賞表彰規則を制定し、公布しました。
受賞者の岩渕麗楽選手は一関市東山町出身の20歳で、現在法政大学2年、バートンに所属をしています。
表彰理由は、北京2022オリンピック冬季競技大会スノーボード競技の女子スロープスタイルで5位入賞、女子ビッグエアで平昌オリンピックに続く2大会連続の4位入賞を果たしたこと。
ビッグエアの3本目に最高難度の大技である「トリプルアンダーフリップ」に果敢に挑戦するなど、市民だけでなく世界中に大きな感動と希望を与えてくれました。
その他、ワールドカップなどの世界的な大会で、優勝や上位入賞を果たすなど、数々の輝かしい成績を収めており、その功績が顕著であることから、「一関市スポーツ栄誉賞」を贈呈し、その栄誉をたたえるものです。
スポーツ栄誉賞は今回新たに創設するため、岩渕麗楽選手が初の受賞者となります。
表彰式の日程や会場等の詳細は現時点では未定です。決まりしだいお知らせします。
なお、岩渕麗楽選手は平成30年4月に一関市の市民栄誉賞を受賞しています。市民栄誉賞は、岩渕選手を含め、これまで3人の方が受賞しております。1人目は、平成22年の藤原 麻起子さん。ソフトボール選手です。次が、平成24年の藤野 遙香さん。同じくソフトボールの選手です。そして、平成30年が、岩渕麗楽選手となります。

続けて、発表事項の2点目、各種計画の策定について、第2次一関市協働基本計画、第4次一関市食育推進計画、一関市観光振興計画、一関市工業振興計画、以上4本の計画策定について発表します。
令和2年度と令和3年度、この2カ年度については、一関市の計画策定のラッシュでした。総合計画後期基本計画の改定があり、それに合わせて各分野別の計画策定が続いたものです。今回の発表もその一つです。
計画策定に関して、2つの要素を話します。
一つはコロナ。コロナに対する対応は今年で3年目となります。コロナを新たに要素として取り込んだ上での計画策定になっています。策定当初には無かったものが入っている。
もう一つは、計画の主なものとして、現状の把握、課題の洗い出し、計画としての方向性となります。私が市長に就任してからは、人口減少、若者活躍・女性活躍や或いは全市的な意味での地域振興をそれぞれの計画に投影させるようにしました。
去年の暮れの時期は、最終段階として、庁議において最終確認をしたわけですが、その際に各部局に対して、計画の運用面において、人口減少などを計画の施策と連動させて欲しいと指示しております。
計画は申し上げるまでもなく、作ることが目標ではなくて、その計画を使って、どのように運用していくことが一番大事であります。それぞれの計画については、数値目標を入れ込んだものがありますし、具体的な取り組みを示したものもあります。
以上が計画全体を通じての所感です。

次に、第2次一関市協働基本計画について若干説明します。
平成22年度に策定した一関市協働推進アクションプランのこれまでの取り組みの成果と課題を踏まえ、社会情勢の変化に対応して一関市協働基本計画を策定しました。
つまり、一関市協働推進アクションプランという計画が、一関市協働基本計画という計画に名称を変更したというのが1点。
計画の期間は令和4年度から令和8年年度までの5年間となります。協働推進アクションプランは計画期間の定めがありませんでしたが、名称の変更に合わせて5年間という計画期間を設定したというのが2つ目です。
計画策定の経緯は、平成22年度に策定した協働推進アクションプランは、計画策定から10年を経過したため、内容の見直しを行いました。協働推進アクションプランの名称を一関市協働基本計画に変更し、アクションプランの下位計画である一関市地域協働推進計画との位置付けを明確にしました。
計画の名称を第2次一関市協働基本計画としたのは、協働推進アクションプランという一次計画の改定をし、計画の名称を協働推進アクションプランから協働基本計画に変えたので、計画は第2次としました。
地域協働推進計画を下位計画と説明しましたが、市民主体の地域づくり活動の促進と、市民と行政の協働によるまちづくりを推進する分野別計画として、一関市地域協働推進計画を策定し、取り組みを行ってきました。
一関市協働推進計画は、計画期間が平成26年度から30年度のものでした。
その後継計画、第2次一関市地域協働推進計画は、平成31年度から令和5年度のものです。
この親計画として、協働推進アクションプランが名前を変えて、第2次という計画期間を定め、協働基本計画となりました。
【記者】
1点確認です。岩渕選手は受賞について、了承をされているのでしょうか。
【スポーツ振興課長】
事務所を通じて意向確認をさせていただきました。受賞されるということで返事を頂戴しています。

【記者】
市民栄誉賞がすでにあるが、スポーツ栄誉賞を創設した理由は、岩渕選手がすでに市民栄誉賞を受賞しており、同じ賞で2回表彰するわけにいかないから、新たな賞を創設したものか。
【市長】
スポーツ振興を図ることが大きい理由です。
市民栄誉賞とスポーツ栄誉賞の違いは、市民栄誉賞の対象ジャンルが文化、芸術、学術、スポーツ等とかなり広い分野です。一方、スポーツ栄誉賞については、スポーツの分野で活躍した人に対する賞です。
なぜ、市民栄誉賞があるのにスポーツに特化した賞を作るのかについては、今回のオリンピックで象徴されるように、市民に与えるインパクトが大きかったこと、市がトップアスリートの育成を行っており、そういった部分で連動できればと考え、スポーツに特化した賞を作りました。

【記者】
今回の岩渕選手の活躍が創設するきっかけになったと考えて良いか。
【市長】
はい。これからはスポーツの分野で大きな功績を残した場合、スポーツ栄誉賞と市民栄誉賞の同時受賞はありうる。
スポーツ栄誉賞の方は、オリンピック、パラリンピックや世界選手権など、世界レベルの大会での入賞。あるいは国内大会、全国大会優勝が対象となります。

【記者】
優劣をつけるものではないかもしれないが、スポーツに特化した賞よりジャンルが広い市民栄誉賞の方が市民にとって大きい賞となるのか。
【市長】
優劣はないです。
なお、他の自治体では市民栄誉賞を複数回表彰した事例はあるようです。

【記者】
 一関市の市民栄誉賞を複数回表彰することは可能なのか。
【スポーツ振興課長】
規定上は随時表彰すると表現されている。複数回の受賞を妨げないと読み取れます。
なお、実際に複数回贈呈している自治体は、静岡県磐田市です。卓球の水谷選手や伊藤美誠選手。今年、2016年のリオオリンピック大会に続き表彰しています。

 

○その他

【記者】
 16日の地震について、市は災害復旧支援本部を設置しました。これから被害額の集計や実際に被害のあった学校施設などについて、復旧に向けてどのように対応していくのかを検討すると思うが、3月は春休み期間中なので学校自体はそれほど使われてはいないが、早急にいろいろ手当しなきゃいけないところも、もう目に見えて出てきている。その辺の対応の仕方について、市長としてどのように考えているのか。
【市長】
物理的な部分は、現場を把握し出来ることを早くやるだけです。学校、施設で本来の業務
に支障が無いよう復旧していくというだけの話。
従来であれば、災害対策本部や災害警戒本部が事態を把握し対応してきた。水害や地震など災害事態は収束したが、被害の復旧に向けて時間がかかるものと見込まれる場合、これまだとそれぞれの部局で対応してきたが、状況全体を把握した方が良いだろうと考え、災害復旧支援本部を初めて設置しました。
公共施設だけでなく民間施設でも被害が発生しています。民間施設に対しては、なかなか現行制度で出来ることは限られるが、早く状況を把握し何かできることがあるか、或いは国や県に訴えていくことは何かないかを探っていきたい。
また、今回は災害救助法に関して、宮城県や福島県は震度6強が記録されたところがありましたが、岩手県内では、震度5強が記録されたところがあったが、大きな被害は無かった。ですが、一関市は県内で見れば、被害があった方だと思います。県というくくりだと、岩手県は宮城県・福島県に比べて被害が無かったという話にならないように、ちゃんと一関市の状況を伝えるためにも、それを本部でコントロールしていくのが一番だと思いました。

【記者】
施設の復旧には予算が関わってくると思うが、補正を検討するのか。
【市長】
それは出てくるかもしれない。今集計しています。

【記者】
一関市内のスポーツ施設では、いまだ利用制限が行われており、一時断水が発生したこともあった。市民の方には影響が大きかったと思います。
何か市長から、市民にかけたい言葉があれば、お願いしたい。
【市長】
地震が夜間に発生し暗かったため、すぐに状況把握は出来ませんでした。市役所で1回目の災害対策本部会議を開催したのは午前0時50分だったと思います。
明るくなってから、施設の被害状況が浮き彫りになってきたが、現行の枠組みの中では、残念ながら救えないものもいっぱいある。自己責任というところがある。
しかし、これだけ災害というものが続いてくると、今まで通りに自己責任で頑張ってくださいというものなのか。或いはそうではなくて、国としてはもっと別立てのものを作っていくべきなのかを考える一つの機会だと思いました。
自治体ができることは限られ、コロナがあり、地震もあり、海の向こうでは大きな戦争が起きて、不安なことばっかりですが、頑張っていきましょう。
今は状況をしっかりと把握することがすべてのスタートだと思い、やっているところです。

                                                                                      以上
閉会時刻 11時35

3月22日 定例記者会見資料 [4207KB pdfファイル]